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キッカケインタビュー

器用貧乏からの脱却。自分だけの「在り方」を見つけ出したキッカケ

川口美樹(かわぐち よしき)

元俳優・執筆家・講演家

この鍵人のコンテンツ:

キッカケ記事

いま何やってるの?
プレゼンやスピーチの講座や、恋愛・キャリア・メンタルについての記事を多数のメディアに寄稿。
東京と大阪で講演会の主催をしており、過去にはのべ1万人以上が参加。その他、児童養護施設の援助なども行う。
より多くの人が自分の価値に気づき、自分らしく自己表現できるような社会を実現させることをビジョンに様々な事業を展開中。

オールマイティに何でもこなせた。でもいつも一番にはなれなかった。自分だけのフィールドを探し続けた先に見つけたのは、自分だけの「在り方」だった。

キッカケ①:俺って一体何者なんだ?自分にしか出来ないことを求める日々

学生のころから比較的何でもそつなくこなせる方だった。
成績も、だいたいどの教科も80-90点ぐらい。でもなかなか100点が取れなかった。
「一番得意な教科は?」と聞かれても、特になかった。全部平均的に。それなりに。


サッカー部ではいつもベンチスタート。
走るのが別段速いわけでもなく、テクニックに秀でるわけでもなく、GKからフォワードまで一通りのポジションは経験したものの、高校3年の引退までついに「ここ!」というポジションも定まらなかった。
よく言えばオールラウンダーだったのかもしれないが、自分より上手いオールラウンダーは何人もいた。


器用貧乏だった。勉強でも部活でも「自分にしかできないこと」がなかった。


高校は進学校で、友達はみんな一流と呼ばれる大学を受験していたけれど、ある舞台を見たのをキッカケに、俳優の道を目指すことにした。そこに「自分にしかできないこと」があると思った。



僕の読みは外れた。芸術大学というだけあって、周りは一芸に秀でた人ばかり。僕はここでも「平均的にそれなりの」成績を全ての授業で修めることになった。結局、芸能の分野でも他人に誇れるものを見出せなかった。


「僕には何の才能もないのかもしれないな。」
何でもそれなりに出来るのに。一番になれなくて、すごく悔しくて、悶々とした日々を過ごしていた。

キッカケ②:憧れの人との出会いで知った「一流の覚悟」

大学を卒業してすぐの頃に、同期と有志でやっていたお芝居のワークショップで、僕は人生で一度目の「衝撃の出会い」を経験する。
そのワークショップに、なんと当時憧れだったあの浅野忠信さんが忙しい中わざわざ見に来てくださったのだ!


「わるくなかったよ」
自分の演技を見てもらって、憧れの人にそう言ってもらえて有頂天だった。


しかも、そのあと一緒に飲みに行けることにもなって夢のような気分だった。



浅野さんは僕たちに問いかけた。
「みんなが役者として食べていける方法が一つだけあるよ。なんだと思う?」

有名な監督とつながること?あきらめずにオーディションに出続けること?
浅野さんの回答はシンプルだけど衝撃的だった。


「俳優として食べていきたいんだったら、明日、今やってるアルバイトの辞表をだしたらいいよ。」


「俳優として食べていくことを覚悟すれば、俳優として食べる方法を見つけようとするから」という理由だった。


そんなこと言われてもバイトを辞めたらお金が入ってこなくなるし、俳優の仕事って言っても探し方もわからない。僕は茫然としてしまった。結局、僕はその覚悟を持てないまま、アルバイトの辞表を出すことはなかった。


そしてそれからすぐに東日本大震災が起こった。

キッカケ③:「一流」と自分との差に気付いたキッカケ

色々な芸能人の方がボランティアで炊き出しに行ったり寄付をしたりというニュースがたくさん耳に入る。僕も何か役に立ちたいと思っていた。
そんな時、知り合いからボランティアの誘いがあった。
『ONE PIECE』の声優さんたちと一緒に岩手県の沿岸部にチャリティーイベントに行く人を探しているというものだった。大好きなONE PIECEの声優さんに会えるのか!「こんなチャンスは二度とない!」と思ってすぐに行くと返事をしたが、ミーハーな気持ちで参加したことを後悔した。


現地で見た景色は、凄惨だった。震災直後よりは復興が少し進んでいたものの、やはり爪痕は大きく日常生活はまだまだ取り戻せていない状態だった。



僕は休憩時間に高台に行ってみた。傾斜面にはお墓がたくさん立っていた。

「これ全部津波で流されたった人たちのお墓でね。遺体も回収できていない人たちもいるんだよね」

現地の人が教えてくれた。その街にあったであろう何もかもが流されていた。

「僕はここへ何をしに来たんだろう…」

現地の惨状と、人々の凛々しくも淡々とした姿とのギャップに心を打たれた。そして、なんて軽い気持ちでここにきてしまったんだろうと、自分を悔やんだ。


控室にもどると、サンジ役の平田さんがいないといって、スタッフが慌てていた。
僕も探しに行くと、炊き出しの奥の方で子どもたちが50人ぐらい列をつくってならんでいるのを見つけた。「なんだろう」と思って見に行くと、そこにはひたすら子どもたちにサインを書いている平田さんの姿があった。僕は愕然とした。



「夢を与えることって、こういうことだ。」


その時、浅野忠信さんのいう「俳優として食っていく覚悟を決める」ということがどういうことがわかった気がした。


自分と一流の人たちとの差はなんだろう。

「浅野さんや平田さんみたいに夢を与えられる役者に、俺はなれるのかな…」

僕はこの道で人に勇気を与えられるような人になれる自信がなかった。

キッカケ④:「やり方」と「在り方」って?挫折を通して見た自分の姿は

僕は結局何者なんだろう?そんな自問自答を繰り返していたある日、友人に「人生設計を考えるきっかけになる」と、ある講演会を紹介された。


セミナーと名のつくものにはそれまで一切縁がなかったが、「とにかく情報が欲しい。何か行動するきっかけになれば」という一心で参加することにした。



『自分の仕事を選ぶ時、多くの人は給与や福利厚生などの「条件」で選んでしまい、「何をやるか?」という「やり方」を重要視してしまう。しかし、結局は正解を求めていつまでも満足できない。


一方、人生を楽しく行きている人は自分がどうありたいか?という「在り方」を先に決めている。あり方は人生の目的地であり、やり方(仕事)はそこに辿り着くための乗り物にすぎない。目的地を決めないまま乗り物選びをしても、自分の行きたい所には行けない』という主旨だった。

「あぁ、そうか。自分がこれまで出会った一流の人たちは、俳優として、声優としての在り方が明確なんだ。」

自分は「何をするか」ばかり見ていて、その先の「どう在りたいか」を全く考えていなかった。


僕はそのセミナーの運営を手伝わせてもらうことになり、しばらくして、大阪での立ち上げを任された。立ち上げはなかなかプレッシャーだったけど、少し自信があった。
「やってやる!」
僕はそう覚悟を決めて大阪の地へ足を踏み入れた。



しかし、大阪での仕事は東京とは勝手が違った。


大阪は東京みたいにビジネスライクではなく、義理と人情の人間関係を重んじられていて、どんなにいいものでも「お前誰やねん?」といわれたら話が進まない世界だった。


最初こそ人は集まったが、継続して開催することができなかった。覚悟を持って行ったと思ったのに、今回もまたダメだった。


「俺の人生って何だろう。なんにもうまくいっていないな。きっと事業家としての素質がないんだ…」
26歳。メンタルも自信もボロボロだった。


人生で初めて、憂鬱で、朝起きられないという経験をした。

主催者に東京から大阪にきてもらい、「大阪をあきらめたいです」と申し出た。

不甲斐なくて、東京のスタッフにも顔向けできない。スタッフ自体をやめたいという思いで、僕は敗北宣言をした。



主催の返答は意外なものだった。
「講演会とはいえ立ち上げってさ、普通の企業でいったら役員とか事業部長がやるレベルで、会社に予算を与えられてやるものだから。まだ26歳の人間ができなくてもしかたないんじゃないの?」
と言われた。


拍子抜けした。と同時に心が軽くなった。


「そっか、僕がやっていたことって企業でいったら、事業部長がやるようなことにチャレンジしてたんだな。」

じゃあできなくてもしょうがないか、という気持ちになれた。

「別にやめなくていいし、東京にもどってくればいいんじゃない?ただ、できてないことばかりに目が行っているから、この経験で得られたことを洗い出して、やってよかったなと思って帰ってきた方がいいよ」とも言われた。


出来なかったことではなくて出来たこと?失ったものではなく、得たもの?
僕は自分の「欠けているもの」ばかりに目がいっていたのだ。その時から「もうすでに持っているもの」に目を向けるように意識し始めた。

キッカケ⑤:やっと自分だけの価値を見つけ出した。キッカケは「かけ算」

そんな時に出会ったのが藤原和博さんの考え方だった。
ご自身の著書の中で、藤原さんは「特定の分野で1万分の1の人材になるのではなく、2つの分野で100分の1の人材になることができれば、その掛け合わせで(1/100×1/100=)1万分の1の人材になることができる」と説いていた。


まさに「特定の分野で1万分の1の人材になろう」と、ずっともがいていた自分にとっては目からウロコが落ちるような衝撃だった。

「そうか、掛け算にすればいいんだ!!」



プレゼンとスピーチ・動画制作・ライティング・カウンセリング、ダイエットやスキンケア・SEO・コミュニケーション・・・
僕の得意だと思えるスキルは全部で7つ。もちろん、全て突出したものではなく「平均的にそれなりに」できる偏差値60の実力だ。でもそれらを全体の15.9%(およそ6人に1人)の人材だと計算し、それらを掛け合わせると、
1/6×1/6×1/6×1/6×1/6×1/6×1/6=1/279,936

「俺は…279,936人に1人の逸材だったのか!」

スキルひとつひとつはトップ1%の一流の技術でなくても、これらを全て持ち合わせている人は自分ぐらいしかいない。
そう考えると、そんな自分を誇りに思うことができた。「自分にしかできないこと」はもうすでに僕の中にあったんだ。



今まで、心のどこかで常に誰かと比較しながら自分を評価していた。そして一位になれなければ、そんな自分を責めていた。
でも今は違う。「自分はあれも出来るしこれも知っている。この組み合わせは僕にしかない才能で、他人と比較する必要なんてないんだ」と思えている。
こうして僕は、他人との比較ではなく、自分の価値が自分らしく発揮できているかどうかを評価できるようになった。


僕が経験したこと×僕に出来ること×僕のやりたいこと=自分にしかない価値を自分らしく発揮出来ること。それが僕の「在り方」だった。


もし何かをうまく出来なかった時、大きな挫折を経験したとき。
あなたが自分を否定する必要は一切ない。世間はお前はだめだとかできそこないだとかいうかもしれないけれど、それは他人の評価であって、あなたの評価ではない。
あなたがあなたとして生まれてきたのには何らかの価値があるし、他の人にはできない何かをもうすでに絶対に持っている。
落ち込んでいる時は、自分にないもの、足りないものに目が行きがちだけど、そんな時こそ自分にあるものに目を向けてみてほしい。


他からなんと言われようが、どんなに結果がでなくてもあなたが今持っているものに価値がある。


目標に向かってちょっと背伸びするくらいのチャレンジをしてみてほしい。結果にこだわらず、「チャレンジした」ということにフォーカスしてほしい。今までやったことのないことを褒めてあげてほしい。


チャレンジできるということは、本当に素晴らしいこと。
世の中には、様々な理由で明日を迎えられない人たちがいるのだから。

今、チャレンジできるという幸せをかみしめて、多くの人が自分だけの価値を、自分らしく輝かせることが出来ますように。


これが僕のKey Page…

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掲載日:2017年04月13日(木)

鍵人No.0040

川口美樹(かわぐち よしき)

1988年東京都生まれ。
日本大学芸術学部 映画学科演技コース卒業。
『川口美樹』オフィシャルサイト
http://pert-liberte.com/

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