“人の幸せを願える自分に変わりたい。愛に溢れた自分になりたい。”
仕事でも、理想の自分を目指して、接客をした。
そんな自分を気に入ってくれたお客さんと、お付き合いをすることになった。家庭のある人との不倫関係だったけれど、マンションに一緒に住み、家賃や生活費も払ってくれるうえ、子どもたちをいろいろな場所に連れて行ってくれる。これ以上ないほどに満たされた生活が手に入った。
それでも、どこか苦しかった。「自分が、彼にとっての『1番』でないことが。」
奥さんと比べては、苦しくて苦しくて。それを彼にぶつけては大げんかをしてしまう。
“人の幸せを願える慈悲に溢れた自分になりたいのに。どうして彼といると、自分の嫌なところばかりを出してしまうんだろう……。”
見たくない自分や醜い自分を、取り繕わず素直に外に出していくこと。それは、古い自分から脱皮をして新しい自分をつくっていくための苦しみでもあった。
そんなとき、思いがけず彼との子どもを妊娠してしまう。彼は、子どもを認知して生活の面倒をすべて見てくれると言っている。
でも……。
“わたしにとっての幸せってなんだろう?このまま不倫を続けて、果たしてわたしは幸せになれるのだろうか……?”
悩みに悩んだ挙句、わたしが出した答えは、中絶だった。
悲しくて、悔しくて……。どこへ行っても寂しい自分を嘆く。
自分の幸せを本気で考えたいと取り出したのは、一枚の白い紙とペン。
まずは、彼にされて嫌なことをどんどん書き出す。
「怒られること」「駄目だしされること」「けなされること」
今度は、彼にされたら嬉しいことを書き出す。
「褒められたい」「優しくされたい」「認めて欲しい」
書き出すうちに、はっとした。あることに、気がつく。
“あれ……?彼にされて嫌なことを、わたしが、わたし自身にしてる……。それに、彼に尽くしたらそのぶん自分に返ってくると思ってたけど、違う。褒められたり、抱きしめられたり、彼にされて嬉しいことは、自分が自分にしてあげなきゃいけないことだったんだ。”
死ぬことばかり考えて、自信が無い自分を変えたいと、たくさんの本を読んだ。それでもどうしても腑に落ちなかった「自分を大切にする」ことの意味。それがやっと、欠けていたピースがカチリとはまるように、細胞の中、心の奥底まで、染みわたるように理解できた瞬間だった。
「自分を、大切にしたい。」
そのためにとったまず最初の行動は、「自分を親友のように扱う」ことだった。日記に今日一日の出来事を綴り、それに対して「よくがんばったね」「すごいね」と、自分との交換日記をつけることだった。
生活を送る中で、いい加減にしていたところも、自分一人の時間でも親友をもてなすように生活し、自分を大切に扱うことを心掛けた。
すると、少しずつ自分に変化が訪れた。
“あれ?わたし、彼の奥さんと比べては怒ってばかりいたけれど、自分を安売りして勝手に2番目の女になることを選んでいたのは、自分だった。”
自分を大切にし始めるほど、彼と一緒にいることが疑問に思えてくる。そんな自分の変化に抗うことなく別れることを選択した。
それから就職をし、貯まった資金でずっとやりたいと思っていたカウンセリングの仕事を始めた。自分の経験を活かし、同じように悩んでいる子どもたちに寄り添えればとの想いからだった。
まずはブログを立ち上げ、10代の子どもたちへ向けて赤裸々に自分の人生を綴った。すると、添えていたメールアドレス宛にぽつりぽつりと相談が届くようになる。家庭環境の悩みや、学校での悩み。虐待やネグレクト、いじめや不登校…
居場所を見つけられず、生きづらさや孤独を抱える子どもたちから届くメールの一通一通は、「助けて! 」と叫ぶ必死のサインだった。
自分のやりたいことが固まってくると、人の紹介を受け、生活保護を受けている人たちが共同で生活をしている施設で働かせてもらえることになった。
自分のやりたい仕事で生活ができる喜びを感じた、初めての経験。
勤務を始め、まずは風俗で働いている18歳の少女の部屋を訪ねた。ぶっきらぼうな挨拶に、彼女の心の閉ざし方。まるで、昔の自分を見ているようだった。
彼女にそっと、たったひとつの言葉を贈る。
「辛かったね。今まで生きててくれて、ありがとね。」
ぶわっと、彼女の目から溢れるまっすぐな感情。抑えられない感情を素直に表現できたその涙は、さっきまでの攻撃的な態度を溶かし、あどけない笑顔がのぞく18歳の少女の姿に変えていった。
「あの子は、絶対に大人に心を開きません。」
他の職員から、呪文のように何度も言われた言葉とは裏腹に、その日から彼女はわたしを慕ってくれるようになった。可愛くて可愛くて。娘のように可愛がった。
ある日、事件が起きる。
入所者の通帳を使いこんでいた運営会社の不正が発覚し、施設が封鎖されることになった。貧困ビジネスを繰り返していた経営陣は、また別のマンションを買い上げ、新たな施設ができる話がでていた。
ほとんどの入所者が、また新しい施設に入所することを希望した。行くあてのない人たちを全員救うことはできない……。でも、気にかけていた18歳の少女だけは守りたいと、彼女を養女に迎い入れ、実の娘にすることに決めた。
それは、一大決心というよりもごく自然にそうなることが決められているような運命を感じたからかもしれない。彼女も、わたしの娘になることを喜んでくれた。
とはいえ、職を失ったわたしは、ブログやカウンセリングの講師活動だけでは食べていくことが難しかった。活動を応援してくれる素敵な人とも出会え、やりたいことはできても貯金は減る一方。手元に残っている金額は、ついに1000円札が7枚。それだけになってしまった。
いくら自分を変え、自分を愛せるようになったとはいえ、辛いことが起こるたびに、死ぬことを考えてしまう幼少期からの癖はわたしに根強く残っていた。
それでも、今までとは何かが違う。
“人生から逃げるように死ぬんじゃない。今の自分はこんなに素敵な人たちと出会えて、もう悔いはない。この一週間、1000円ずつ使って、死のう。”
どうせ死ぬのなら、人になにをどう思われてもいいと、学生時代の悲惨な経験を書くことをためらい滞っていたブログも再開し、駅で見かけた困っている人がいたら迷わず手を差し伸べた。
なんせ、来週死ぬのだから。自分の身体があるうちに、目いっぱいこの身体を使わなきゃ!となぜかすがすがしい気持ちで世のため人の為にと一週間必死に動き回った。
お金が尽きるまでもうあと数日と迫ったとき、ブログに一通のコメントが届いた。
「あなたのことを、昔の自分のように思ってブログを読んでいました。何かあったら手を差し伸べようと思っていたのだけれど、何かあった?」
知らない女性から届いたメッセージ。泣きながら話を聞いてもらったあと、お金を振り込んでくれると言葉をいただいたときは、驚いた。
「有難いけど、それはいただけません。」断固としてお断りをし続けるわたしに、女性は優しく、それでも凛とした声でぴしゃりと言った。
「じゃあ、あなたがいつも支援をしている10代の子たちに、差し伸べた手を拒否されたらどんな気持ちになる?」
雷に打たれたような気持ちだった。傘を持っていないわたしはただ立ち尽くすしかない。頭の上に大粒の雨が降り注ぎ、ずぶ濡れになる。不可抗力なその言葉が気持ちがいいほどにすっと心に広がった。
“そっか。わたしがいつも人にしていることを、この人はわたしにしてくれようとしているんだ。”
なんと、その女性に3ヶ月生活費を振り込んでもらい、なんとか生き延びることができた。
“生かされてるんだ!死んではいけない、使命があるんだ”
自分の人生を終えるその日まで、生きなければ。それがわたしの使命だとさえ思った。奇跡を、生きて還さなければ。