「いやいやいや。まず、お前がモテないじゃん」
いざ起業しようということで、アドバイスや応援を求めて家族や友人50人に僕の構想を話してみた。
その結果、全員が全員反対。支持率ゼロパーセント!
浪人生時代に僕は勉強以外の事をほとんどせず、人との交流もずいぶん減っていた。
営業マン時代に手に入れた輝きをいつの間にか失っており、「お前が恋愛予備校の校長なんて、説得力が……」ということだった。
ただ、僕には確信があった。
校長自身がモテるということより、校長が生徒を信頼し愛情を以てサポートするということが何より重要なのだと。
講師はアウトソーシングで集めることにし、約1年かけて各分野のスペシャリストの協力を確保。
2010年、第1期生6名とともに、34歳の僕は「東京ラバーズアカデミー(TLA)」開校を実現した。
そこから7期まで順調に拡大、2年後には某テレビ局の有名番組にも取り上げられることに。
そして、それは突然起こった。
授業中、突然手が震えだした。
異変を感じた講師や生徒が声を掛けてくるが、目が合わせられない。
腹の底からせり上がる恐怖心。会話ができない。立っていられない。
対人恐怖症を併発するうつ病と診断された。
あとの事は共同経営者が引き受けてくれたので、7期生卒業と同時に僕は実家に引きこもった。
SNSからも消えた。貯金も使い果たした。自殺未遂も起こした。
1年8ヶ月が経った。
ある日のこと。
人ごみに紛れるとなおさら涙が出るから
やっぱり一人になろうとした
それでも寂しくて……
ラジオから流れる歌声が偶然耳に入った。
真っ直ぐ真っ直ぐもっと真っ直ぐ生きてえ……
寂しさに涙するのはお前だけじゃねえ……
鉛のように重く沈んだ心に、まっすぐ染みとおる声、言葉。
長渕剛の「Myself」という曲だった。
引きこもってから、初めて号泣した。
恐怖心や悲しみさえ感じなくなって久しい僕の心が動き、涙がこぼれ、衝動が胸を衝き上げる。
何だ……何やってんだ、俺……!!!
俺は、俺は……!!!
その日から僕は少しずつ回復していった。
ものを食べておいしいと感じられるようになった。日によって変わる空の色に感動するようになった。
そして、共同経営者に任せて一度逃げたTLAにもう一度挑戦しようという意欲が湧いてきた。
僕の引きこもっていたあいだ、そしてその前から、深く関わり合い心の内を話し合うことのなかった親父に、その決意と覚悟を話した。
すると、
「お前には起業は無理なんだ。一度思い知っただろう。いい加減諦めろ」
返ってきたのは容赦のない言葉だった。
「どこでもいいから就職してくれ」
「悪いけど、何を否定されても、生き方にだけは干渉されたくない」
「なんだと? そこまで言うなら……」
その結末を予測してあらかじめ荷物をまとめておいたスーツケースひとつ。
それだけを引いて、親子の縁を切られた僕は実家を出た。
38歳だった。
掲載日:2017年09月01日(金)
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東京ラバーズアカデミー代表
西村義信(にしむら よしのぶ)
男性向け恋愛予備校「東京ラバーズアカデミー」を経営する西村義信さん。昔の自分のような男性たちのためにと奮闘するなかうつ病を発症、その克服過程で気づいた、人生の本当の支えとは……?