テレビや本の向こう側の世界だった東京。
日本で一番、すごい人やおもしろい人の集まっている街だ。
仕事の合間を縫って、おもしろい人に会いまくると決めていた。
おもしろい本を見つけると、裏の連絡先に直接メール。
SNSで話題になっている人にはダイレクトメールでアポを取る。
相手にされないこともあるけれど、案外皆優しくて、けっこう会ってくれる。
みんな歳上なので、おもしろい話をしてくれるのにさらにおごってくれることも多かった。
素直に貪欲に学ぼうとする若者に、人は優しいんだね。
ある日、mixiの話題のトピックにキレイなお姉さんが入っていた。
投稿を読んでみると、めちゃくちゃおもしろい。
失礼な事は書かないんだけど、視点が鋭い。
自虐ネタもあけすけで、カラっとしていて読後感も爽やか。
「キレイなお姉ちゃんやなあ。元ネットアイドル? おもしれえなあ」
さっそくダイレクトメールを送った。
「滋賀から出てきた22歳の公認会計士です。
東京でおもしろい人に学びたくて、中村さんにもメッセージさせていただきました。
一度会って、いろいろ教えていただけませんか?
僕のほうではこの日とこの日が空いています」
「会う前提で出してくるメッセージ……メールマーケティングとかちゃんとわかってる子だなと思ったのよ」
生身の中村豊美さんもめちゃくちゃキレイで、僕のことをたいそう気に入ってくれた。
「向上心があって優秀ね。いいわ、私の周りのすごい人全部紹介してあげる」
「本当ですか!? 」
「うん。紹介して、私がいろんな事教えてあげるよ。
人との付き合い方、人の見極め方……。東京にはいろんな人がいるからね」
ちなみにその日が豊美さんの誕生日で、「年下の男におごらせるわけには」と誕生日にお金を出させてしまったのは笑い話だ。
その後僕は、豊美姉さんの交友関係のパーティに頻繁に出席するようになった。
「今日は初めてだから、私が会話を主導するね。
佑哉くんはその様子を見て、合わせられるだけ合わせたらいいわ」
そのとおりに時間を過ごし、いろんな人と名刺交換し、終わったら近くのカフェに。
「今日会った人の印象、どうだった? 」
「誰のことをどんな人だと思った? 理由は? 」
「深く関わらないほうがいいと思ったのは誰? 」
「あの受け答えよかったわ。どうしてああ言ったの? 」
しばらくすると、こんなふうに。
「佑哉くん、慣れてきたでしょ。今日は佑哉くんが主体になって会話してごらん」
「今日は、会場を別々で回りましょ。私がこっち回り、佑哉くんが時計回り。
反対側で落ち合って、今日の会場で付き合ったほうがいい人、ヤバい人、すごい人、理由も含めて答え合わせしましょ」
もっと進むと、会場に入った瞬間
「佑哉くん、今日の会場で一番すごい人とダメな人、誰と誰だと思う? 」
毎回指導してもらい、ぱっと見た時のその人の雰囲気や佇まいで人となりが判るほどに、人を見る目を養わせてもらった。
東京に出てきてすぐのころは、年長の相手に好かれすぎて困ることがあった。
期待を掛けられすぎて、「起業したいなら俺の会社やるぞ」と言われた、なんてコトも二度三度ではなかった。
僕としては、何でもいいから起業したいわけではなくて。
すごい人達とたくさん会っていて、卑下するのではなく冷静に、自分の実力が現状どの程度なのかもよくわかっていた。
応えられない期待を持たせないとか、関わりすぎるとマズい人と距離を取るとか、
もちろん積極的に関わりたい人と好ましい関係を築くとか……。
東京で交友関係を広げ、深めるうえで大切な事を、豊美姉さんに教わった。
「なんでこんなにしてくれるんスか? 」と言うと
「若くて優秀な男の子を育てるのが楽しいのよ」と言われる。
豊美姉さんのマイブームだったらしい。
いろいろ教えてもらうだけでなく、
「聞いて聞いて。イイ男見つけてん」
なんて恋愛話を聴くのがお約束だった。ダメ恋愛も含めて。
家も近く、ちょうどあいだにある行きつけの居酒屋で深夜によくそんな話を聴くのだった。
掲載日:2018年09月02日(日)
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松本佑哉のエピソード一覧
戦略コンサルタント、Dining Cafe & Bar Actiオーナーシェフ、公認会計士
松本佑哉(まつもと ゆうや)
ダイニングバーを経営する松本佑哉さん。料理人を志した学生時代から紆余曲折を経て東京に出た彼に大きな影響を与えたのは、ある女性との出会いでした。現在の松本さんの活動に至るまでのエピソードを振り返ります。