江連亮 Episode2:誰かの希望になりたい | KeyPage(キーページ):起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

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家計がますます傾いたことで、おじいちゃんの建ててくれた家は少し前に売って、一家でマンションに越していた。
とはいえ通学に時間のかかることには変わりなくて。

地元の近い友人が同じクラスにいる。やんちゃで、話を盛ることも多い奴だ。
彼とは高校に入ってから知り合ったものの、通学なんかでいっしょになることがある。
高3の1月という時期も時期、どちらからともなく進路の話になった。

「ファッションの専門に行くつもりだったけどローンが降りなかったんだ。1年バイトして、来年行こうと思う」
「そうなのか。あといくら足んないの? 」
「60万ぐらいかな」
「そうか……。その金、貸してやれるかもしれないけど」


いつもの癖だと思った。カッコつけようとして背伸びした事を言ってしまう、いつもの癖だと。
悪い奴じゃない。おれだって大好きだ。
だけど、彼のその癖はクラス中周知の事実。真に受けるつもりはなかった。

そもそも彼の家だって裕福なわけじゃない。
貸すというそのお金も、親父さんが亡くなって受け取った保険金だという。

「俺は、大学で何がやりたいってのがあるわけじゃないんだよ。
 俺が大学に行きたい気持ちより、お前が専門に行きたい気持ちのほうが強いだろ」

おれが借りたら、彼は大学には行けなくなる。
そんなお金を受け取ってまで、おれは服飾の勉強がしたいんだろうか。

その場で頷くことはできなかった。
申し出に感謝して、気持ちには感謝して……だけど、受け取るとは言えなかった。

その後、担任と話す機会があった。
「1年バイトして来年受けるつもりです。ただ、友達が貸してくれるかもしれないって話もあって……いや、わかんないですけど」
「江連、それは、借りてでも何してでも今年必ず行くべきだ」

ハッとして顔を上げた。真剣な目をした担任と視線が合う。

「いまのお前の環境で、1年バイトして、進学したい、勉強したいっていう気持ちを保つのは難しい。
 今年行かないと、ダメになるぞ」

家庭事情も鑑みた担任の言葉。
同級生に金を借りてでも進学しろ、なんて、教師として普通じゃないかもしれないけど。


「1年バイトして、もし途中で気持ちがくじけたら。
 自分で何かを諦めたことを環境のせいにして、恨みながら生きる人生になるかもしれない。

 ……お父さんみたいにはなりたくない」


担任の言葉が後押しになった。
後日、ファミレスで60万円を受け取った。彼の言葉は本当だった。

震える声で、彼に伝える。
「絶対に、絶対に……やりきってみせるからな。お前に誓って」

こうして入学したのは、服飾の専門学校として有名なところ……厳しいことでも有名だ。
奨学金の申請の相談をした時、担当の人にこう言われた。親切心からだろう。

「バイトしながら学費を払おうとして続いた子なんていない。
 うちはそんな甘い学校じゃないから、無理せず奨学金を取りなさい」


できた人はいない――それは、おれじゃない、過去の別の人たちじゃないか。
やってもみないうちから諦めるのは性に合わない。

奨学金は将来返せばいいので、借りること自体が嫌だとは思わないけど。
できた人がいなくても、おれはやってみたい。
もし本当に無理だと感じたら、後期からとか、2年に上がってから奨学金を取り始めればいい。

入学前の決意を信じて、自分自身を信じて……、おれは奨学金を取らないことに決めた。
高校時代から続けている焼肉屋でバイトをし、途中からは表参道の蒸し鍋屋にも勤めて。
土日は一日中勤務、平日も授業が終わったらダッシュでバイトに向かう。帰宅はもちろん終電。

本当に課題が多いので、電車内でも針を取り出して課題をこなす。
2時、3時まで夜なべして、朝も課題のために早起きして。
どんな理由でも遅刻の認められない学校だから、1限開始の1時間以上前に着くように電車に乗って、学校で課題の残りを。
休み時間はおにぎりをかじりながら課題、課題、課題。


自分の進学を諦めてまで金を貸してくれた友人への誓い。
「今日も、あいつとの約束を守ってる」
ハードな一日を終えるたびに、自分に対する自信が増した。

そんなギリギリの生活のなか、家庭環境は悪くなるばかり。
終電帰りで少しでも長く寝たいのに、お父さんが暴れて一睡もできないことなんてザラだ。


ハッと目覚めたある夜、喉元に包丁が。寝たふりをしてやり過ごした。
思いとどまって去っていったのは、お父さんにわずかに残っていた理性ゆえか。

荒れ狂ったお父さんから逃げ込んだ自室で「蹴破られたら、窓から飛び降りるしか……」と覚悟したこともある。
マンションの4階だ。飛び降りたら死ぬ、でも……死なないかもしれない。飛び降りなければ確実に殺される。
その夜は窓に足をかけた状態でひと晩過ごした。


「ああ、死んだな」
何度そう思っただろう。


死にたいと思ったことはない。どう生き延びるかだけを考える。
文字どおり“死線をくぐり抜け”てきた。

専門学校だから、皆それぞれの想いを持って集まっている。ほめ言葉としての“変人”が多い。
その何人かで話していた時、どういう流れだったか……ポロっと話した。家庭環境と、現在の境遇を。
するとそのなかのひとり、Iが、ボロボロ涙を流し始めた。

「お前……すごいな。そうだったのか。そんな大変ななかでも、想いを貫いて……」


その後、Iとは腹を割っていろいろ話せるようになった。
こんなに熱い奴は、これまでの人生で初めてだったかもしれない。

「狭い日本でも、こんなふうに予想を超えた出逢いがあるんだ。世界に出たらいったいどんな人がいるんだろう」
彼との友情から、漠然とそんな想いが生まれた。

そのIが、ある時おもしろい事を言い出した。
「将来、会社をやろうよ、亮ちゃんと俺とで。27になるまでに」

会社をやる……そんな選択肢があるのか。
考えたこともなかったものの、言われてみて心が動いた。

「なんで27なんだ? 」
「27ってのは、最高にクールな数字だからさ! 名だたるミュージシャンの何人も、27で死んでるんだ」


学歴があるわけでもない、家庭環境も壮絶ななか、会社をやるなんてリアリティは持てずにいたけど。

その少しあとにたまたまテレビの特集を見た。
学歴も何もないのにいま世界で活躍している人たちが、画面の向こう側でキラキラ輝いている。

「学歴とか、環境とか、関係ないのかもしれない。
 むしろ、こんなおれが何かを成し遂げることで、同じような環境の人の希望になれる……! 」

働いても働いても、いくら稼いでも、学費と家族の生活費、それに借金の返済に消えてゆく。
お父さんが死ぬまでこの生活からは抜けられないんだ――どこかでそう思っていたおれだけど。

違う、人生を自分で切り拓くと決めたように、この環境だって変えてゆけるかもしれない。
いや、そうしよう。
ただ生き延びるだけじゃなくて。誰かの希望になれるような人生を、実現するんだ。

掲載日:2019年04月04日(木)

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株式会社Fibonacci 代表取締役

江連亮(えづれ りょう)

株式会社Fibonacciを経営する江連亮さん。家庭内暴力という生きるか死ぬかの日々をくぐり抜け通った専門学校で、「こんな自分だからこそ誰かの希望になれるかもしれない」という希望を見つけ……その半生を追いました。

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