大学では心理学を学びながら、芸能事務所に所属し、学生団体の活動にも励んだ。
相変わらず恋愛に貪欲に生きていたし、好意を持たれることも多かった。女友達もたくさん出来た。
いじめられた経験から、人の顔色を観察し、感情を読み取る癖が付いていたのだと思う。
その場にいるほぼすべての人の望みがほぼ正確につかめて、しかもそれらにある程度応えられるようになっていた。
無意識に、なのだけど。
どこに行ってもかわいがられた。男性にも女性にも。年上、年下を問わず、どんな人にも。
初対面の男性と一度、二度話しただけで「こんなに好きになったのは初めてだ」と熱烈に好かれることもしばしば。
条件反射のように気を遣った結果好かれる人間関係。
帰宅して部屋でひとりになるとどっと疲れが出て、数日間誰にも会いたくなくなる。
だからといって、気遣いをやめてしまったら……いったいどうやって生きてゆくの?
そんなの、生き地獄がよみがえるだけ。攻撃され罵倒され、誰も信じられなくて、死にたいだけの毎日が。
それでも………こんなの、もう嫌だ。
私は、あるボランティア活動の合宿に参加した。
心に決めていた。この合宿中、私は一切気を遣わない。何に気づいても、誰が何を必要としていても、私はそれに応えない。
きっと私は白い目で見られ、嫌われて罵倒されてこの合宿を終えるんだ。
それでも、そんな事を一度経験してみよう。そう思った。
そして、そのとおり過ごし、解散する間際のこと。掛けられたのは信じられない言葉だった。
「薫ちゃんって、すっごい気遣いできる子だよね! 」
はあ!? 何!? 私の何を……からかってるの?
……面食らって言葉を失う私に、その子は言った。
「さっと鍋敷きを出してくれたじゃない。誰も気づかなかったのに」
それは、私が記憶にとどめてすらいない行動だった。
気遣いはしない。誰かがティッシュを欲しがっていても出さない。盛り上がっている輪のなかでひとり仏頂面を通す。
そんな事ばかりしていた合宿期間の、ほんの一度、ほんの一瞬の出来事。
私自身に何の無理もない、こぼれるような、自然な気遣い。
彼女はそれに気づき、ステキだと声を掛けてくれたのだった。
そして、その瞬間を見ていなかったほかのすべての人からも、私は一言も罵倒されなかった。
いつもどおりだった。受け入れられていた。
何ひとつ気遣いしようとしなくても、何ができなくても、何をしてもしなくても、私は存在を許されている。
もう、誰かに好かれるために生きるのはやめよう。
自分を苦しめるほどの気遣いなんかしなくても、私はだいじょうぶ。私はひとりにはならない。
完璧じゃない自分、最低だと思っていた自分がまるごと受け入れられる経験をとおして、そう決めたのだった。
掲載日:2018年01月16日(火)
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杏奈薫(あんな かおる)
好きな人には必ず好かれ、そうでない人には人として愛される――「100%両思い体質」の生き方を伝える恋愛コンサルタント杏奈薫さん。初恋は4歳、6歳で死を考えた幼少期から現在に至るまでのストーリーとは?