卒園アルバムの絵を描き終えて顔を上げたとき、あたし、びっくりしちゃいました。
まわりのおんなのこたちは、遠足で山に行ったとか水族館がキレイだったとか、そんな絵を描いていたんです。
おとこのこたちは? のぞいてみると、なんと、飛行機の絵とか車の絵とかそんなのを描いているんです。
あたしは自分の絵を見直しました。
あたしのことを3人のおとこのこが奪い合っている絵です。
2歳のときに、あたしはママとおんなじおんなだって気づいて、サインペンでお化粧をするようになりました。
どんな表情やポーズが一番カワイイか研究して、鏡に向かって練習していました。
4歳のときに初めておとこのこに恋をしました。それからは幼稚園に大好きなおとこのこがいつも8人くらいいました。
おとこのこと手をつないでおうちに帰ったりお姫さまだっこされたりしてみたいなあ……って、毎日思っていました。
おんなのこはみんなそうかと思っていました。あれれ??
一人っ子で、父方母方双方の祖父母にとって初めての女の孫でもあった私。大切にかわいがられて育った。
食卓ではおかずの取り合いも起きず、欲しいおもちゃは親戚の誰かが贈ってくれる。
小学校に上がり、それが普通でないと気づくのが少し遅かったのかな。
毎日、何か持ちものがなくなる。クラス全員に無視されたり、男子に投げ飛ばされて顔に痣を作ったり。
担任の先生は見て見ぬふり。自分なりに考えられるどんな方法を試してもダメ。世界に居場所が感じられなかった。
「私なんて死んだほうがいいのかな」
追い詰められて担任の先生に相談した。返ってきたのは「あなたが悪いんでしょう」という一言。
ありのままの私でいると、嫌われ、いじめられる。“正しいはずの大人”……教師も警察も、誰も助けてくれない。
何のために生きているのか分からなかった。だけど、死にたくない。
「明日は変わるかもしれない」
ただそう願って、学校に行った。
死を考えても選ばなかったのは、恋愛を諦めたくない気持ちがあったから、でもある。
男の子と仲良くなりたい。“彼氏”が欲しい。付き合うということを、死ぬまでに経験してみたい。
どんな目に遭っても恋愛体質は変わることなく、そういう気持ちも強くなるばかり。
でも方法がわからなくて、恋愛テクニック本、心理テストやおまじないの本を読みあさった。
人がどうしてひどい事をするのか、なぜ自分がこんな目に遭うのか。その答えが知りたいという気持ちも手伝って。
12星座や血液型別の男の子の特徴や、それぞれに有効なアプローチ法をすべて暗記し、実践。
けれども、努力の実ることはなかった。
中学校に進学した。明日は変わるかもしれないという期待を懸けては落胆し、人目を気にしてますます心を閉ざす日々だった。
そんなある日。
日本中を震撼させた、神戸連続児童殺傷事件。
私は愕然とした。中学生が人を殺したことに、じゃない。彼に対する世間の大人たちの反応に対して、だ。
6歳のころから死を考え、それでも必死に生きてきた私には、人や世界に絶望する気持ちが解る。
私にはたまたま味方でいてくれる母や話を聴いてくれるピアノ教室の先生がいた。
もしも私を受け入れてくれる場所がなかったら、誰ひとり味方がいなかったとしたら、私だって“少女A”になっていたかもしれない。
「大嫌いな学校なんて火事になればいい」そう思ったのも、一度や二度じゃない。
私がいま“少女A”でないのは、たまたま味方がいてくれたからだ。
人を傷つけたり殺したりしたい……そんなふうに思って産まれる赤ちゃんがいるわけないじゃない。
人が人を傷つけたり、殺したいと思ったりするのは、それだけの背景があるからこそ。
それなのに、凄惨な事件を目の当たりにした大人たちが「なんて怖い子どもだ」と事を片づけようとする、
その姿勢に私は唖然とした。
私は、誰も傷つかない世界が作りたい。誰もが「生まれてよかった」と思える世界が見たい。
誰かを傷つける人が、誰かに傷つけられたことのある人だということを、伝えなくちゃ。
物事を表面的に判断せず、そうした深いところまで理解して助け合える世界でないと、不幸の連鎖は終わらない。
どんな人にも寄り添える、誰にも理解されない人のことも理解できる、そんな存在になりたい。
世界を変える影響力のある芸能人か、人の心に寄り添える少年院のカウンセラーになろう。
その事件をきっかけに、私はそう決意したのだった。
掲載日:2018年01月16日(火)
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