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キッカケインタビュー

「いまの自分にできること」が、誰かの喜ぶキッカケになるんだ!

尾熊英一(おぐま えいいち)

(株)ル・ジャルダン・アカデミー取締役
社団法人ランブス医療美容認定協会理事

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キッカケ記事

いま何やってるの?
自分の葬式形態を「国民葬」に設定。サロンワークと並行し、美容業界での活動にこだわらず講演活動、教育活動、とにかく日本そして世界を元気にするありとあらゆる活動に邁進中。

思い込みの力と行動力は人一倍! そんな美容師・尾熊英一さんの、どうにもならなかった挫折を踏み越えるきっかけになった、出会い、そして働く喜びとは……?

キッカケ①:フツーの大人になるつもりだったけれど……。


フツーの大人になるつもりだった。


特別取り柄があるわけでもない、情熱のある科目や趣味があったわけでもない。
担任の先生には「死んだ魚のような目をしている」なんて心配されたこともあった。けれども、自分としては何の問題意識も持っていなかった。友達はたくさんいる。両親ともに教員の我が家は裕福なほうでもあった。それなりに毎日楽しい。ほかに何か必要な事があるだろうか?


フツーに大学に行って、フツーに社会に出て、フツーに結婚して生きてゆく。
そんな将来設計に疑問を持ったこともなかったし、当然そうなるのだと思っていた。


そんな風に生きてきた高校生の俺は、ある日突拍子もない事を言い出した。


「俺、美容師になる!!! 」


大学に進学する前提で入った進学校で、そんな事を言い出す奴はいなかった。担任や進路指導の先生、友達にも驚かれた。


両親ももちろん反対した。

若いうちの情熱ほど当てになるものはない、大学に入って見聞を広めてから判断しても遅くない、ここで進路を誤っても学歴を考えるとのちのち軌道修正が……。
心配してくれたのだと思う。とにかく反対された。


けれども俺は美容学校を進学先に選んだ。
なぜかって?


行きつけの近所の床屋で、ある日イマイチな髪型にされてしまったのが、俺の運命の分かれ目だった。


いつものおじちゃんがいなくて、おばちゃんに切ってもらったところ、いつもの俺のキマった髪型より長くて、長くて! ほかの床屋で切り直してもらうのも面倒だし、散髪代も……と思った俺は、家にあったはさみで自分の髪を切ってみた。
すると、なんということだろう、天才的にすばらしくカットできてしまったのだ。


いま思えば、ステキな勘違いだったのかもしれない。けれども、その勘違いが俺の人生を変えた。


進学する必要がなくなったと思った俺は、その日のうちに塾もやめた。
この即断即決力に行動力。たとえ勘違いに端を発したものだったとしても、すばらしくないか?
両親や教師たちの反対を押し切って、高校卒業後、俺は美容専門学校に進学した。

キッカケ②:がむしゃらな努力では乗り切れなかった店長職。


親の心配とは裏腹に、俺の高校時代の情熱が短期間で冷めることはなかった。


美容専門学校を卒業し、希望に胸をふくらませて美容室に就職。数年でスタイリストになり、その2年後には店長になった。
世間ではスーパーブラック企業と言われる業界だ、などと知りもしなかった俺だけど、無知の強みというだけではなかったと思う。なんといっても、これと決めて親の反対を押し切ってやっと叶えた夢。根気強く練習を続けたらそれなりに評価されるようになっていた。


先輩や同期がどんどん辞めてゆくな、とさすがに現場で気づかないわけではなかった。
けれども他店でイチからやり直すのも面倒だったし、なんだかんだ楽しく続けていた。するといつの間にか、先輩が全員辞めてしまって、繰り上げ昇進で店長になってしまった。28歳のことだった。


そこから、思うように結果が出せなくなった。
スタイリストとしての評価は、ある種個人プレイ。自分ひとりが技術を伸ばしたり工夫をしたりすれば、指名率や売り上げにも分かりやすくつながる。


でも、店長としての評価は違った。自分ひとりがどんなにお客様に感謝されようが売り上げに貢献しようが、店全体が良い成績を出さない限り、そのとおりの評価なのだ。


自分なりにうんと考えて頑張った。スタッフの朝練に付き合ったり、営業時間を延長したり……。トイレに行かせてやる時間も満足に取れずに膀胱炎になるスタッフも抱えながら、その年俺たちは過去最高売上を叩き出した。


達成感があった。会社も喜んでくれた。


けれども、その時俺について来てくれるスタッフはいなかった。

キッカケ③:髪を切る喜び、人の人生を変える喜びを知る。


スタッフは次々と辞めていった。


それぞれ事情もあるんだ、辞めたものは仕方ない。そう割り切って翌年度大量採用した新入社員5人全員が1週間で辞めた時、さすがに俺も危機感を抱いた。


……ポキッと、心が折れる音がした。それでもやめる勇気すら無くなっていた。


ただただ業務を、作業を、こなす毎日だった。上に叱られないように。お客様からのクレームがつかないように。縮こまっていた。どうにかしなければという思いすら削がれてゆく日々だった。


ある日のこと。知らない電話番号から着信があった。出てみると、高校時代のバスケット部の先輩だった。
がんになった知り合いが抗がん剤治療の副作用で髪が抜け、買ったウィッグも似合わないので、そのウィッグのカットを出張で頼みたいのだ、という。本人が人目を気にして美容院に行くどころか外出もしたがらないし、先輩がウィッグだけを美容院に持って行っても「ご本人がいらっしゃらなければ、イメージが…」と難色を示されるというのだ。

よくよく聴いてみると、それは先輩の知り合いどころか、最愛の奥様だった。気さくな先輩がほんの半年前の結婚式に呼んでくれた時に俺もお目に掛かっていた、あのきれいで笑顔のかわいらしい奥様。

美容室の、それも店長職だから、俺も暇なはずがない。けれども、憧れの先輩の大切な方のための頼みを断るのは男じゃない。どんな無理をしてでも叶えたい。喜んでもらいたい。


「いつ伺いましょうか。」
気づいたら俺の口はそう動いていた。


しあわせの絶頂に見えた結婚式、新郎新婦の記憶。誰もがうらやむ美男美女カップルだったあのふたりは、深夜に美容室を閉めて伺ったそのお宅にはいなかった。


出張に来た俺に姿を見せたがらず奥で泣いている奥様。いいかげんにしろと怒鳴る先輩。しばらく待っていると奥様もようやく出てきてくれたけれど、体の支え方がそれでは痛いと先輩に泣きながら訴え、また怒鳴り返されていた。


再会した奥様は、俺の知っているあの姿から懸け離れていた。確かに毛髪はほとんど残っていない。眉毛すらない。顔もむくんでいる。


けれどもそんな容姿以上に痛々しかったのは、先輩とのやり取りから見える心のほうだった。
夫の精一杯の愛情や労りが受け取れないほどに荒んでしまった心。
女性なのだ。美しかった容姿が短期間でみるみる変わってゆくことで、どれほどの自信を失ったことだろう。しあわせと希望に満ちて見えた未来が目の前で崩れてゆく現実に、体の痛みばかりか心の痛みがどれほど加速していったことだろう。
そんな奥様を支える先輩の方も疲れ果て、愛する相手に怒鳴り声を上げてしまう毎日だったのだろうか。


俺にはいったい何ができるのだ。

いや、違う。それは見当違いだ。
「俺に」依頼してもらえた仕事が目の前にあるじゃないか。


俺はカットをする。


医者でも本人でもないのだからがんは治せないかもしれない。夫婦仲を改善するカウンセラーでもコンサルタントでもない。


けれども、俺はカットをするのだ。

目の前の女性を最高にかわいく、美しく、カットひとつで変身させるのだ。


それは、本当は変身などではなくて……、その方自身がもともと持っていた美しさをただ引き出すお手伝い。その方自身が本来の美しさを思い出し、もともと持っていた自信を取り戻すお手伝いなのだ。


営業後に始めたウィッグカットは、深夜にまで及んだ。なぜなら、もともとカットする予定だったウィッグ以外にも、投げ捨てられるように散乱している他のウィッグを発見してしまったからだ。
何度買っても似合わなかったのだろう…。先輩が奥様を思う気持ちを無駄にしたくなかった。
時間はかかるが、全てのウィッグを切り直したいと提案した。


目の前の奥様の表情が、声が、俺にこの仕事の喜びを教えてくれた。
俺のカットひとつで泣くほど喜んでくれた奥様。美しくかわらしい本来の自分を思い出してくれた奥様。そんな奥様の笑顔に、目頭を押さえて喜んでくれた先輩。


全神経を集中させ、疲労困憊したまま翌日職場に向かったはずが、不思議と心はとても清々しかった。


なんてすばらしい仕事をさせてもらえているのだろう。そんな今を支えている、これまでのすべての出会い、言葉、教育、環境……それらはなんて恵まれた、美しいものだったのだろう。


俺の仕事は、お客様の人生を変える仕事なのだ。
ずっしりと心に据えられたその想いが、その日からの俺の仕事を、人生を、支えることになった。ただ何となく惰性でやっていた仕事が、初めて「想い」を持って、主体的に取り組めるものに変わった瞬間だった。

キッカケ④:「フツーの俺でいい」。いまできる事を精いっぱいする喜びを知っているから。


どんなに忙しくても、どんなにスタッフが足りなくても、いま目の前にいるお客様、目の前の誰かに対して「いまの自分」にできる事は必ずある。そう肚をくくったあの日から、俺のものの見方も行動も変わっていった。


お客様はもちろんスタッフに対しても自ずとそんなふうに接するようになり、美容室の雰囲気も売上もどんどん変化していった。
店長職の傍ら、老人ホームや養護施設に訪問してカットするようになったり、母校の美容学校で非常勤講師をしたり、美容業界にこだわらず出身中学校に押し掛けて特別授業をさせてもらったりし始めた。


コミュニケーションやカウンセリングについても学んだ。
それこそ、俺の仕事、そして人生への向き合い方を覆してくれたあの出来事――病気や怪我などでウィッグを必要としている方のメンタルケアやウィッグケアを総合的におこなうための資格があると知り、もちろん喜んで学び、取得した。


美容院にはいろんなお客様がいらっしゃる。病気の方も。がんを発症された方も。健康な方も。
俺の仕事はカットをすること、そして店をまとめること……だけど。だけど…!


本当の俺の仕事は美容師でも店長職でもないと知っている。カットをとおして、店長職をとおして、また非常勤講師業やカウンセリングをとおして、目の前の誰かの人生の変化を見届けることなのだ。そのための道具としてのカット技術であり、そのためのコミュニケーション能力なのだ。


「フツーの大人」になりたかった俺。俺はね、いまだって、「フツーの大人」だと思う。
けれども昔と決定的に違う事がある。


いまの俺は、「フツー」であることを何もしないことの言い訳にはしない。
「フツーの俺」だからこそ、なんにだってチャレンジ出来る喜びを知っている。
「フツーの俺」のそんな姿が誰かの喜びに繋がることを確信している。

ただそれだけなのだ。そして、その違いこそが、人生を決定的に分ける大きな違いなのだ。


一度しかない大切な人生だ!
例えば俺は、せっかく生きるのなら葬式は、一番スケールのデカい国民葬にしよう、おもしろそうだし!なんて思いついて『アクティバー(活動家)』として行動している。


だが、もしその思いつきの壮大さにビビって、あなたが「この人は自分とは違う」なんて思ってしまうとしたら、それは俺の本意ではない。

俺はただおもしろそうだからそう決めただけで、日々している事は実に地道な積み重ねなのだ。目の前の誰かのためにいまの自分にできる精いっぱいの何かをする、という積み重ね。


それは、いまのあなたにもできる事だろう? 
がん患者さんのカットをするだけが社会貢献だと思わないでほしい。例えばコンビニの店員さんにめいっぱいの笑顔で「ありがとう」と言うことだって、そんな積み重ねのひとつなのだ。


これが、あなたに伝えたい俺のKey Page。

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掲載日:2017年03月17日(金)

鍵人No.0046

尾熊英一(おぐま えいいち)

東京都八王子市出身。
国際文化理容美容専門学校、第2国際文化理容美容専門学校卒業。
ル・ジャルダン相模原店店長時代にがん患者である知り合いのウィッグをカットしたことをきっかけに、産業カウンセラーや心理セラピスト、ヘアケアマイスターなどさまざまな資格を取得、業界や形態にこだわらず日本や世界を元気にするために活動している。
テレビ出演や共著でのエッセイ掲載も多数。

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