親の心配とは裏腹に、俺の高校時代の情熱が短期間で冷めることはなかった。
美容専門学校を卒業し、希望に胸をふくらませて美容室に就職。数年でスタイリストになり、その2年後には店長になった。
世間ではスーパーブラック企業と言われる業界だ、などと知りもしなかった俺だけど、無知の強みというだけではなかったと思う。なんといっても、これと決めて親の反対を押し切ってやっと叶えた夢。根気強く練習を続けたらそれなりに評価されるようになっていた。
先輩や同期がどんどん辞めてゆくな、とさすがに現場で気づかないわけではなかった。
けれども他店でイチからやり直すのも面倒だったし、なんだかんだ楽しく続けていた。するといつの間にか、先輩が全員辞めてしまって、繰り上げ昇進で店長になってしまった。28歳のことだった。
そこから、思うように結果が出せなくなった。
スタイリストとしての評価は、ある種個人プレイ。自分ひとりが技術を伸ばしたり工夫をしたりすれば、指名率や売り上げにも分かりやすくつながる。
でも、店長としての評価は違った。自分ひとりがどんなにお客様に感謝されようが売り上げに貢献しようが、店全体が良い成績を出さない限り、そのとおりの評価なのだ。
自分なりにうんと考えて頑張った。スタッフの朝練に付き合ったり、営業時間を延長したり……。トイレに行かせてやる時間も満足に取れずに膀胱炎になるスタッフも抱えながら、その年俺たちは過去最高売上を叩き出した。
達成感があった。会社も喜んでくれた。
けれども、その時俺について来てくれるスタッフはいなかった。
掲載日:2017年03月17日(金)
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社団法人ランブス医療美容認定協会理事
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