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キッカケインタビュー

あなたが喜んでくれるから、私はもっとがんばれる。

小室友里(こむろ ゆり)

ラブヘルスカウンセラー

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キッカケ記事

いま何やってるの?
「愛とは健康である」「より良い男女のコミュニケーションが愛を育み、健康を育む」という確信のもと、“ラブヘルスカウンセラー”として活動。男女のコミュニケーションの違いや性に関する固定概念に苦しむ男女が自身の性を肯定し前向きに生きてゆけるよう、執筆、講演業などを日本国内にとどまらず広くおこなっている。

AV女優として一世を風靡し、現在では男女の性やコミュニケーションについて執筆、講演活動をされる小室友里さん。語っていただいたその性の原体験は、意外なものでした……。

キッカケ①:喜んでもらえるからがんばれる……3歳のあたしとお兄ちゃんのひみつ。


そのお兄ちゃんのことが、あたしは大好きだった。
お兄ちゃんはいつもあたしと遊んでくれた。いっしょにお絵描きをした。お人形遊びもしてくれた。お歌も教えてくれた。ママが買ってくれないようなお菓子をいつもこっそりくれて、いたずらっぽい目で口に人差し指を当てた。

お菓子はおいしかったし、教えてくれる新しい遊びは楽しいし、なによりあたしはお兄ちゃんのことが大好きだった。だから、ナイショの遊びをしようとお兄ちゃんがあたしをおトイレに誘った時、ちょっと変だなと思いながらもあたしはついて行った。

いっしょにおトイレに入って、お風呂でもないのになんでだろう、お洋服を脱いで、お兄ちゃんはあたしの髪をなでてくれて……。

お人形遊びやお絵かきのように、そのナイショの遊びそのものが楽しいと思ったことはなかった。だけど、お兄ちゃんはあたしを優しく見つめて、優しく髪や肩をなでてくれた。お兄ちゃんはだんだんその目をあたしから逸らして、のけぞったりうつむいたりして、うっとりした表情になって。あたしはお口が苦しかったけれど、なんだかお兄ちゃんがうれしそうで気持ちよさそうだから、いっしょうけんめい言われたとおりにした。お兄ちゃんが喜んでくれるのが、あたしにはうれしかった。

お兄ちゃんが喜んでくれるから、あたしもがんばれる。少しくらい苦しくても、少しくらい変な気がしても、もう一度がんばれる。もっとがんばれる。

「ちょっと、外で待ってて」と言われて、いつもあたしは先にお手洗いの外に出た。
しばらくするとお兄ちゃんは服を着て出てきて、あたしにお菓子やジュースをくれた。「ありがとう」「いい子だね」と言いながら、髪をなでながら、優しい眼差しで。

お向かいのお兄ちゃんとのナイショの遊びは、ある日突然終わった。
「引っ越すのよ」というママの言葉には、幼心に、なにか動かせないものを感じた。告げられてすぐ、まるで夜逃げのように、あたしたち一家はその街を去った。
大好きだったお兄ちゃんのことを、あたしは忘れていった。新しい街、新しいお友達、新しい秩序に順応し、3歳だったあたしは3歳だったあたしを忘れ、育っていった。

キッカケ②:能ある鷹が爪を磨かず隠し続けてきた、そんな学生時代。


「小室さん、お疲れさま。ホントやりやすかったよ。ありがとう」

私ひとりに宛てたねぎらいの言葉。
小学校、中学校、と進むにつれ、クラスの委員長や学級担任、部活の顧問……そうした立場の人たちに、「小室がいてくれて助かった」としばしば言われるようになった。

自分で言うのもなんだが、成績が良い。運動神経も良い。容姿も端麗だ。
トップに立つにふさわしいポテンシャルを客観的に兼ね備えており、事実周りからもそのように見られていた。

けれども私は一度も組織の一番上に立つことがなかった。
一番上に立つということは、そこから転がり落ちる可能性を同時に引き受けるということ。そのうえで引き受けた責任感とはなんとも強く輝かしいものだが、わたしにはそんなご立派な責任感も覚悟もなかった。

ほめられたい。目立ちたい。みんなに憧れられたい。事実、私は憧れられている。
………けれども、転落の恐怖までは引き受けられない。

だから私は常に二番手のポジションを取った。トップを支える誰より優秀な、例えばクラスの副委員長、例えば書記。部活はプレイヤー兼マネージャーでありながら、県大会の常連。という不思議な……周到なポジショニングをしていた。

転落するのは怖い。けれどもほめられたい。目立ちたい。憧れられたい………もっと、もっと。

ブラウン管の向こうで笑顔を振りまくアイドル達。みんなに憧れられ、かわいがられ、キラキラ輝くそんな女の子。

「アイドルになりたい」

いつしか私の心にそんな願いが生まれ、エキストラのアルバイトを始めた。
トップに立つ恐怖は拭い去れぬまま、トップを勝ち取る努力もできぬまま、10代も後半になっていた私は芸能界に片足を突っ込んだのだった。

キッカケ③:努力の実る喜びを教えてくれた世界。


「AVやってみない? 」
社長に掛けられた言葉に、私は即答できなかった。


19歳になっていた私は、グラビアアイドルとしてそれなりに活動し、ヌード撮影もするようになっていた。
トップを勝ち取る覚悟の持てぬまま芸能界に入り、縁あって事務所にも所属した。上には上がいることを知り、努力をしてみようかなという気持ちもおのずと増していった。

強かった承認欲求が、自分の努力次第で少しずつ満たされてゆく。
自分の撮られた写真をスクラップし、よりかわいくきれいに撮られる角度や表情を研究した。自分より売れている子やかわいい子の写真も切り抜き、研究対象にした。

小学生からアイドルをやっています、という子でなければ通用しなかった時代。
うんと遅咲きだった私は遅咲きなりに努力を覚え、遅咲きなりのルートで、この業界の楽しさを知り、上を上をとめざしていった。

事務所の意向としては、初めから、いずれはAVでという戦略だったらしい。
年齢的にアイドルでは売れないからグラビアアイドルとして活動させ、その楽しさを覚えさせてからアダルトに、AVに、ということだったようだ。
そのAVの話が、事務所からメーカーへの売り込みではなく、メーカーからの逆指名で私に入ってきたのだという。
人前で脱いで撮影することと人前でセックスをすることはさすがに違う……。そんなためらいと同時に私のなかに生まれたのは、「私の仕事が評価されたんだ」というおもいだった。

「もっともっと上に行ける。もっともっと上が見てみたい」

名前も顔も知らぬファンから手紙が日に何十通も届き、30万円もするヴィトンのバッグが贈られてきたりするような業界で、私の承認欲求は私をより上に押し上げてくれた。

「AVで稼げる額はこれまでと違う。ビジネスとして、未来への投資として捉えなさい。大きなお金を稼いで、こうしたいあれがしたいといずれ明確に見えた時に動くための資金として使うんだ」社長の言葉が後押ししてくれた。AV女優としてデビューし、私の世界はさらに広がった。

キッカケ④:命を育む潤った大地に。


3年半ほどアダルト業界で働き、その後は舞台役者や歌手として活動したり、執筆活動をしたりした。
結婚生活も経験し、離婚の前後から“ラブヘルスカウンセラー”を名乗って相談、執筆、講演活動をしている。


AV女優なんてヤクザに売られてする仕事、人間のすることではない……と思われていた時代に、
逆指名があったとはいえみずからAV業界に飛び込んでいった私。幼少期に「お兄ちゃんが喜んでくれるから、苦しくてもがんばれる」という原体験を得ていたことで、誰かを喜ばせるために、多少人から蔑まれる仕事であっても自分ががんばる、という働き方につながったのだと思う。

いろいろな事を知った。喜んでもらえる事ももちろんあったし、あの業界にいなければ知らなかっただろう男性の生理もたくさん知った。遅咲きだったおかげでたくさん努力し、人を観察した。結婚と離婚を経たことも手伝い、男女の生理や考え方、コミュニケーションの違い、そしてその違いを超えて融合するセックスのすばらしさに確信を持った。

性への欲求という、人としてごく自然な欲求を持ちながら、自分のありのままの欲求を認めることができず苦しんでいる人がたくさんいる。「あなたの欲求も含めてあなた自身なのだから、あなたがそれを認め、自分をしあわせにしなきゃ」といろいろな場面で伝えているが、“元AV女優”という肩書きに過度に注目の集まってしまう現状の日本における活動には限界も感じている。

島国日本では海外で流行った日本のものが逆輸入されブレイクすることがあるので、“元AV女優”ではない軸を持って日本で広く活動するため、頂いたご縁を活かして現在は海外での活動の確立にも励んでいる。もともと性に対しておおらかだった日本という国にその性のすばらしさを思い出してもらいたい、性に、男女の違いに苦しむ人にその可能性を開いてもらいたい、と願って。

学生時代や若いころの承認欲求は、乾いた大地に水をいくら注いでも満たされない、終わりのない欲求だった気がする。評価されてうれしいのだけど、それを噛み締める間もなくもっと上に、もっと上に、という毎日だった。

いま、ラブヘルスカウンセラーとして様々な活動をすることで、凝り固まった性のイメージで自分自身を傷つけてきた女性たちが解放されてゆく実感がある。「こんな私でいいんだ」「こんな私のまま性に取り組めばいいんだ」と背中を押してあげられる感覚。これも承認欲求と言ってしまえばそうなのだけど、ここには純粋な喜び、果てしない喜びがある。その喜びがおのずと自分を「もっとがんばろう」と押し上げてくれる。乾いた大地ではなく、潤った大地が健全に雨水を吸い、草木や動物、たくさんの命を育んでゆく。

これまでに経験したすべてのプロセス、すべての出会いが、現在の仕事と、それをとおして得られる充実感、“健全な承認欲求”とでも呼ぶべきものを得るのに不可欠だった。名前も覚えていないお兄ちゃん、AVの話をくれた社長、離婚した元夫、私のところに相談に来てくれた悩みだらけの女性たちも。


………これが、私のKey Page。

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掲載日:2017年06月23日(金)

鍵人No.0053

小室友里(こむろ ゆり)

1975年7月、神奈川県生まれ。
1995年、グラビアデビュー。翌96年、AVデビュー、アダルト業界で3年半活動。その後は舞台役者や歌手としても活動する傍ら執筆業に取り組み、2013年、“ラブヘルスカウンセラー”として活動を始め、現在に至る。

セックスレスを改善するYURI KOMURO Love Health Councelor

https://www.komuro-yuri.com/
http://blog.livedoor.jp/yuriwan/

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