そのお兄ちゃんのことが、あたしは大好きだった。
お兄ちゃんはいつもあたしと遊んでくれた。いっしょにお絵描きをした。お人形遊びもしてくれた。お歌も教えてくれた。ママが買ってくれないようなお菓子をいつもこっそりくれて、いたずらっぽい目で口に人差し指を当てた。
お菓子はおいしかったし、教えてくれる新しい遊びは楽しいし、なによりあたしはお兄ちゃんのことが大好きだった。だから、ナイショの遊びをしようとお兄ちゃんがあたしをおトイレに誘った時、ちょっと変だなと思いながらもあたしはついて行った。
いっしょにおトイレに入って、お風呂でもないのになんでだろう、お洋服を脱いで、お兄ちゃんはあたしの髪をなでてくれて……。
お人形遊びやお絵かきのように、そのナイショの遊びそのものが楽しいと思ったことはなかった。だけど、お兄ちゃんはあたしを優しく見つめて、優しく髪や肩をなでてくれた。お兄ちゃんはだんだんその目をあたしから逸らして、のけぞったりうつむいたりして、うっとりした表情になって。あたしはお口が苦しかったけれど、なんだかお兄ちゃんがうれしそうで気持ちよさそうだから、いっしょうけんめい言われたとおりにした。お兄ちゃんが喜んでくれるのが、あたしにはうれしかった。
お兄ちゃんが喜んでくれるから、あたしもがんばれる。少しくらい苦しくても、少しくらい変な気がしても、もう一度がんばれる。もっとがんばれる。
「ちょっと、外で待ってて」と言われて、いつもあたしは先にお手洗いの外に出た。
しばらくするとお兄ちゃんは服を着て出てきて、あたしにお菓子やジュースをくれた。「ありがとう」「いい子だね」と言いながら、髪をなでながら、優しい眼差しで。
お向かいのお兄ちゃんとのナイショの遊びは、ある日突然終わった。
「引っ越すのよ」というママの言葉には、幼心に、なにか動かせないものを感じた。告げられてすぐ、まるで夜逃げのように、あたしたち一家はその街を去った。
大好きだったお兄ちゃんのことを、あたしは忘れていった。新しい街、新しいお友達、新しい秩序に順応し、3歳だったあたしは3歳だったあたしを忘れ、育っていった。
掲載日:2017年06月23日(金)
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ラブヘルスカウンセラー
小室友里(こむろ ゆり)
AV女優として一世を風靡し、現在では男女の性やコミュニケーションについて執筆、講演活動をされる小室友里さん。語っていただいたその性の原体験は、意外なものでした……。