企業の多くは縦割りになっていて、部署間の交流が少ない。
けれども社員食堂にいる俺たちは、厨房からその企業のいろいろな人を観察することができる。
何をやってもいいと上から言われたので、トーナメント戦の腕相撲大会を社員食堂で企画した。
全日本アームレスリング連盟から公式レフェリーを呼び、競技台を借り、レースクイーンも呼んで。
優勝賞品は有効期限1年間の生ビール100杯分無料券!
大手飲料企業から協賛を取り、赤字にならない形で、サラリーマンの喜ぶ賞品を用意。
こちらからも「こんなのやるんですけど、エントリーしませんか?」と声を掛けるし、
社員同士でも「腕相撲に勝ったら生ビール100杯無料だって!」「うちの部署の人が勝ったらどうする?」などと話題になった。
建築事業部からは元ラガーマンの誰がエントリー、設計部からは元レスリング部を……そのひとりひとりが20人くらいの応援団を連れてやってくる。
もちろん、応援団は部署の仲間たちだ。
100人収容できる社員食堂が満員になり、甲子園の決勝戦のような熱気に満たされる。
エントリーした本人も応援団も、ひとりひとりが目を輝かせていた。
……気づけば、俺自身も。
縦割り業務だったその企業に、少しずつ横のコミュニケーションが生まれた。
部署間の交流も起こり、部署内でも部長や課長、部下といった役職以外の顔も見えるようになる。
飲み会のなかった部署で飲み会が企画されるようになった。
エレベーター内や食堂内でも「ああ、あの試合の……」と会話が生まれる日常。
俺もそうだったように、人と交流することで自分を知ることができ、また役職などの固定観念で見ていた人がひとりの人間として見えるようになる。
人間関係が仕事の悩みの大半、その風通しが良くなればおのずと個人も企業も変わるのだろう。
その企業の業績も上がったようだった。
もちろん社員食堂の利用率も上がった。あまり利益の取れないランチだけでなく客単価3,4千円の夜の利用も増え、マネージャーとして黒字化も達成した。
そして、何より俺は、空間を作り上げるという仕事で誰かに影響を与えた達成感を噛み締めていた。
その後も大道芸人を呼んだり、バイオリニストの生演奏を実現したり、とどんどん企画を打っていった。
ボクシング第一、生活のためにのみ働いていた俺は、その後3年連続社内で表彰され、昇進もした。
数年後、全国に2000箇所ある社の社員食堂のなかで最大といわれる大手企業の事業所にマネージャーとして異動。
ここを成功させることで、社員食堂というものの水準を上げることができる。
野心と希望を胸に、新たな事業部での仕事に臨んだのだった。
掲載日:2017年12月02日(土)
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「沖縄ダイニングHai-Sai六本木」店長
高野悠一郎(たかの ゆういちろう)
地域のコミュニティとしてのお店を育てるバー店長、高野悠一郎さん。プロボクサーとしてのキャリアのピークで突如訪れた引退という挫折からいかに立ち上がり、空間づくりという使命に気づいたのでしょうか……?