高野悠一郎 Episode4:100パーセント生ききって死ぬために。 | KeyPage(キーページ):起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

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社内最大といいながら赤字で欠員もある事業部。
俺は月曜から土曜まで泊まり込みで取り組み、人員のスカウトにも行った。
こちらのニーズだけを言っても人は集まらない。社員食堂で働くことがメリットになる若者に積極的に声を掛けた。

ミュージシャン志望の男の子には
「工務店でレジ打つよりうちで働くのはどうかな?不特定多数じゃなくて特定多数の人と知り合えるからファンが作れるよ。
 夜にうちで君のライブをやってもいい。ファンになった人を君個人のライブに呼んでもいい」

練習場所に困っている大道芸人には
「土日はハコが空いてるから、モノさえ壊さなければ練習に使ってくれていいよ。
 公園と違って、雨が降っても練習できる。いまのバイトより君の将来につながるんじゃないかな?」

水商売しかしたことがなく将来に悩んでいるキャバ嬢には
「接する相手はちゃんとした企業に勤めてるサラリーマンだよ。敬語とか社会常識とか学ぶにもいい」

食堂で働いてくれて、かつイベント要員や看板娘になってくれそうな若者がどんどん増えていった。
まるで、冒険漫画でひとりずつ仲間を増やしてゆくように。

ブラックな業界で、おじいちゃんおばあちゃんが低賃金でやっているのが社員食堂。
安かろうまずかろうでも食べてもらうのが当たり前。
……社員食堂のポテンシャルは、そんなもんじゃない。本当はエンターテイメント空間なのだ。

なにはなくとも人がすべて。チームメンバーは揃い、時間を掛けて成長してもらい、
いよいよこれから日本が世界に誇る社員食堂をこの事業部から実現するんだ……というその時。

1年8ヶ月掛けて改善してきたその事業部からほかへの異動命令が下ったのだった。

完全に回る仕組みが出来るまで、扇の要が抜けるわけには行かない。
いま俺が抜けたらチームがバラバラになってしまう。
異動を拒む俺は、直属の上司を超えて副社長や専務とも面談することになった。
「頑張ってるのはわかるけど、君、サラリーマンだよね?」

組織としては仕方ないのだろう。会社の言い分も解る。けれども俺の人生として、それはどうなんだろう?
34歳になっていた。人生60年、70年と考えたら、もう半分のところに来ている。
叶えたい夢がある。一緒に成し遂げたいチームも出来た。けれども、サラリーマンとしてそれは果たして達成できるのだろうか。
納得の行くまでやらせてもらえない環境で全力を尽くす人生。最期に目を閉じる時、俺はその人生に対して「やりきった」と思えるのだろうか。

そんな時、2年来の知り合いである元プロフットサル選手と飯を食いに行った。
六本木の飲食店のオーナーでもある。
「俺もさ、いま悩みがあって」
彼は言った。
「店の後継者が見つからないんだよ。欲しかったら要る?」

こうして俺は、「Hai-Sai六本木」という俺の城を手に入れた。
「君じゃなくてもいい」と言われる環境ではなく、「君でないと困る」と言われる環境を。
納得の行くまでやらせてもらえる環境で全力を尽くす人生を選ぶために。「やりきった」と言える人生を生きるために。
俺が社員食堂に引き入れた仲間も雇い入れ、お客さん同士の交流の生まれる店づくり、空間づくりをいまも続けている。

そもそも、「よし、出会うぞ!」と勇んで異業種交流会に行ける人は少ない。
たまたま入った店でもどこでも、たまたま隣に座った人と思いがけず意気投合……という出会いのほうが、多くの人にとっては自然だろう。
常連さんの差し入れのお酒を別のお客さんが「おいしかったって伝えといて」と言った瞬間差し入れた本人が入ってきて出会いが生まれたり、
カウンターにホステス、イタリアンのシェフ、板前が並んでキャリアについて語り合ったり。究極の異業種交流だ。

雇っているスタッフたちには、働く喜びや誇りを持ってもらいたいというおもいもある。
もちろん仕事がすべてではないが、仕事をとおしてしかできない成長というものもある。
大企業に勤める同世代の男たちが嫉妬するくらい、楽しそうに野菜炒めを作るんだ、と。
俺自身、辞めるつもりだった会社のなかで自分の特性に合った働き方を見つけ、それが現在につながっているから。

自分にできる事でしか社会貢献はできない。
俺が俺の特性やキャリアを無視していまから数学者になるとかアメリカ大統領になるとか言っても、現実的じゃないだろう?
自分に何ができるのか、何が得意なのか、どんな事に喜びを感じるのか……、自分自身を知ることから社会貢献は始まる。

ただ、自分を知るためには、人との交流が必要なのだ。人は、自分ひとりで自分を知ることはできない。
自分と異なるものと接し、ぶつかり、影響を受けてこそ、自分の個性が際立って見えるようになるもの。
「世界中の人がボクシングをすればいいのに」と思っていた俺が、大勢の人と接することで、それが世間の常識ではないと気づいたように。
そうして気づいた俺の偏りこそが俺の特性を知る手掛かりになったように。

仲間たちにも、お客さんにも、この記事を読んでくれるあなたにも……人と接することで自分を知ることの大切さを伝えたい。
自分の好きな事や特性を知らないまま納得の行く人生を歩むのは、難しいから。
そうして知った自分自身の活かせる場もあれば、なかなか活かせない環境も、生きていればいろいろな事があるだろう。
後者においては選択の必要な場合もある。自分が自分を生ききるための選択が。
そこに踏み出す勇気もぜひ持ってほしい。

もし選択の勇気が持てなかったら。そもそも自分自身を知る場がないと思っているのだったら。
俺の店に来てほしい。
俺でも、スタッフでも、常連さんでも、話す相手がここにいるから。
あなたがあなたを知るきっかけになるかもしれない相手が、ここにはいるから。

挫折を乗り越えて掴んだ人生の確信、これが俺の届けたいKeyPageです。

掲載日:2017年12月02日(土)

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「沖縄ダイニングHai-Sai六本木」店長

高野悠一郎(たかの ゆういちろう)

地域のコミュニティとしてのお店を育てるバー店長、高野悠一郎さん。プロボクサーとしてのキャリアのピークで突如訪れた引退という挫折からいかに立ち上がり、空間づくりという使命に気づいたのでしょうか……?

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