砂田康太 Episode2:変えきれなかった自分。 | KeyPage(キーページ):起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

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僕ら1年生の代から本格的にサッカー部の強化の始まった高校。
サッカー部の実力自体はまだ低い。県内の大会でもベスト4あたりまで行くのがやっと。
僕らの代の主力選手は入学と同時に試合に出ていた。

中学までは県で一番のチームにいた僕。
ほかの部員に対して物足りなさを感じるなか、ひと際気になる存在がひとりだけいた。
何かにつけ、彼のことは特別意識する。

熊本県から越境入学してきたそいつは、遠征に向かう移動中、ずっと本を読んでいる。
僕らにとっては、バス移動の数時間は貴重な睡眠時間なんだけど。
オフの日なんて年に片手で数えられるくらいしかないんだけど、そいつはオフの日でも練習する。

すごい奴だと一目置く反面、人より上のつもりで入ってきた僕にはチンケなプライドがあって。
「あいつ、変わったな」と人に言われるのが気になる。立派だと感じる彼と同じように態度を変えることが、できない。
「オフの日くらい休めよ、キモいな」
自分自身のことがなかなか直視できず、そんなふうに言ってしまう僕がいる。

それなのに。
あるオフの日、僕はグラウンドにいた。「俺が打ち込むから、キーパーやってくれよ」と彼に誘われたんだ。

正直、オフの日くらい休みたい。
練習のつもりでいる日に練習をするのと、休みのつもりでいる日に練習をするのは、精神的な受け止め方が違う。
初めのうちはよくても、続けるにつれ、休みたいという弱い気持ちが出てきて。

そんな僕を尻目に、彼は顔色ひとつ変えない。黙々と蹴ってくる。毎回、少しずつ何かを変えながら。
このひと蹴りで何かを成長させる、そんな意気込みが伝わってくる。

人間だから、僕にあるような弱い気持ちがきっとこいつにもある。でも、それに負けないこいつ。
いったいどれだけのものを乗り越えて、こいつはこの境地で生きているんだろう。

練習のあと、自主練して残ることもあるんだけど、家の方向が同じなのでいっしょに帰ることもある。
下校途中、そいつは読んでいる本の話をしたり、他校のチームを研究して「対策としてこうしたらどうだろう」と提案したりする。

「なるほどね。そうだな、わかるよ」
それらしく、対等らしく、ドヤッと相づちを打つ僕。
でも、よくわかっている。僕と彼のサッカーへの姿勢が同等なんかじゃないことが。
サッカーへの姿勢、自分自身と向き合う姿勢。

こうしてみようと思った事を素直に行動に移す彼。
多少の困難があっても周りの目なんか気にせず、自分とチームのために行動を選ぶ彼。

キーパーとしては、僕は間違いなく岡山県一だ。彼はキーパーじゃないから、その点で争うことはない。
ただ、そういうコトじゃない。そういうコトじゃないと、彼と付き合えば付き合うほど痛感する。

彼に、ほかの部員に、僕の弱さがバレているのかはわからない。でも、自分にだけはごまかしが利かない。
このままじゃダメだ。何かを、どこかで変えなくちゃ……。

県の決勝、準決勝にも進めなかった僕らのチームは、僕が3年生の時にインターハイ予選を制した。
決勝でのこちらのゴールは数本、向こうは30本近くにも及んだ。そのシュートをすべて僕が止めて。

PKで、勝った。相手チームの主将のキックミスを誘発しての勝利だった。

取材陣は僕にインタビューを求めてきた。
翌日のラジオ取材では監督も「砂田のおかげだ」と絶賛。
確かに、そうだと思う。キーパーが僕じゃなかったら、チームはインハイに進めなかった。

だけど。

実力以上のものが実力と見られることが、空恐ろしくなった。これ以上実力と評価に差が生まれたら、僕はどうなってしまうんだろう。
確かに、運も実力のうちという。だけど、そういうコトじゃない。
ずっと、ずっと、気づいていた事。いつか、なんとかしなきゃいけないと勘づいていた事。

ずっと、プロサッカー選手とか、何かサッカーに関わる仕事をするつもりでいた。
でも、実力は自分が一番よく理解している。弱さも、ごまかしも。

職人である父さんをずっと見てきた。
生半可な覚悟や実力で、プロの道で食うことはできない。そう、背中で教えてくれた。

インターハイではベスト16まで行った。
全国で戦うレベルの選手と初めてまともに対戦したことも、自分の進路を考え直す後押しになった。

「サッカー選手になるためじゃなくて。自分を変えるために、磨くために、サッカーを続けよう」
そう決心して、東京の大学への進学を決めた。
高校でも変えきれなかった自分。それまでの僕を知る人の誰もいない環境で、今度こそ、強く生きるために。

掲載日:2018年12月04日(火)

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飲食コンサルタント

砂田康太(すなだ こうた)

3歳のころからサッカー一筋で生きてきた砂田康太さん。他者と自分を比べる気持ちが人一倍強く、もどかしさを感じて生きる学生時代でした。そんな砂田さんが、大学時代のある経験をとおして……。

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