酒井よし彦 Episode2:稼いで、すべて失って。 | KeyPage(キーページ):起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

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画家の道、芸大への進学を諦めた時から、音楽に人生を懸けるつもりで生きてきた。
詩も曲も書ける僕、バンドの担当は花形のボーカル。
僕がいなきゃ僕らの曲は成り立たない。ほかの誰かがいなくても僕がいれば僕らの曲が出来る。
そうなると、バンド仲間が対等な仲間に見えない。バックバンドのように思ってきた。

誰かから一円でも金を受け取る以上、本業がほかにあろうが何だろうがプロとしてやるべきだ。
次までにアレンジを考えようと決めたのにメンバーが考えてこないと激怒する。リハーサルに一分でも遅刻すると激怒する。
「そんな意識でプロめざすとか、ナメてんじゃねえよ! 」
メンバーの入れ替わりは激しかった。

女性に応援してもらうのは得意だ。応援してもらう……要するに、金銭的にということだけど。
レコーディングに20万とか。音楽にはとにかく金が掛かる。
なにも無理やり金をむしり取るわけじゃない。
僕の音楽なり、活動なり、顔なり……何かしらに価値を感じてくれるから、彼女らも金銭的に助けてくれるんだ。

そんななかで、とうとうメジャーデビューの話が来た。
絵の道を諦めてから、もう何年だろう。やっと、やっと、この時が来たんだ……!!

「ベーシスト入れ替えてくれるかな」
出された条件に、僕は、迷わずその話を蹴った。
僕らを認めてくれるところはいくらでもある。いっしょにやってきたベーシストを替えろなんて、そんなの呑めるかよ。

と思ったのに、バンド仲間は全員反旗を翻した。これまでバックバンド扱いしてきたツケなのか。

「だったらいい。ほかの奴と組む」
しばらく足掻いた。新しいメンバーは揃わず、デビューの話は二度と掴めなかった。

15歳の時から支えにしてきたものが、ポッキリ折れた。
高校や大学に通う同年代の奴らを見ても中卒の僕が道を貫いていけたのは、
「俺はロックミュージシャンだ。あいつらとは違う」というプライドがあったからだ。
それをなくして……ここから僕はどう生きていったらいいんだろう。

劣等感が疼き出す。それを抑えようと、僕は別の支えを作ることにした。
「金を稼げばいいんだ。どんなイイ大学を出た奴より稼げば、馬鹿にされることもない」

音楽以外に得意な事は、と考えた結果、僕はホストクラブのドアを叩いた。
得意なのは女性との付き合いだ。女性をイイ気分にさせてお金を出させるなら、ホストだろう。

特技を活かすつもりで始めた仕事なのに、しょっぱなから「話、つまんない」と言われた。
「「テーブルについて」って、いつかあいつに言わせてやる」というおもいをバネに奮闘。
自分が工夫しなきゃ、楽しくないものは楽しくならないんだ。できる方法を考えなくちゃ。

1年後、その女の子に「なんであたしのとこに座ってくれないの? 」と言われた。
しれっと応対しながら、心のなかでガッツポーズした。

下町でナンバーワンにまでなったものの、男が顔で食えるのはせいぜい25まで。
これからどうやって金を稼ぐか、稼ぎ続けるか。周りの金持ちを観察して、グレーな業界に転職した。
グレーというか、ブラックというか、アンダーグラウンドというか。あまり人に言えない仕事だ。

「できるできる、何でもできる。できないと思ったら何もできない。
 できる自分を信じて、できる明日を信じよう。できるできる、何でもできる」
毎日唱和させられる社訓。

「そうだな。柔道部でもそうだった。音楽でもホストでも、僕はそうやって成果を出してきたんだ」
できないと思ったら何も考えられない。方法が考えられないからできない。できる前提で物事を考えるんだ。
その過程で何かを犠牲にしたり人を傷つけたりしても、目的のためなら手段は問うべきじゃない。
お金を稼ぐ、社会で生きるってそういうものだろう。

ホストのころ以上に大きなお金を動かし、使う生活。

実力で稼いでいるわけじゃない。組織の仕組みに乗っかっているからそれだけのお金が僕を通過していくだけだ。
どこかでそんな自覚も持ちながら、成果を出すことを第一の目的に据えて、よぎる罪悪感みたいなものを停止させて。

月収は2000万に達した。年収じゃない、月の収入だ。
稼げば稼ぐほど使わなきゃいけない気がして、モノとか会食とか何かしら理由をつけてお金を使っていった。

6年後。アンダーグラウンドなその蓄積の結果、僕は東京にいられなくなった。

宮古島に逃げた。持っていた金で長屋を買って、観光客相手に貸し始めた。

ご存じ、宮古島には台風が来る。補修費用がハンパない。じきにその生活は成り立たなくなった。
宮古島だ。よそ者でも就ける勤めの口なんかない。
直せなくなったあばら家で雨風をしのぐ。メシを食う金もなくなった。

する事もないのでウロウロしていると、漁師さんたちと顔なじみになる。
「暇ならよう、網を直すの手伝ってくれよ」手伝うと、その晩の食事はそこでなんとかなる。
海が荒れると終わりだった。漁に出られなくなるからだ。
人の家で食べられない日は、サトウキビをかじって空腹をやり過ごした。

「あのころ、月10万でも貯金してたら……」
「ああ、あいつから金返してもらってねえな……」
「ほんの1年前まで、あんな羽振りのイイ生活してたのに……」
「巻き込んだ若い奴ら、どうしてるんだろ。あいつらも追われてんのかな。人生やり直せてるかな……」

過去を振り返り、悔やんだ。
金がすべてだと思い、稼ぐために何でもして、少なくない数の人間を巻き込んできた僕は、いまあばら家でサトウキビを食っている。

「死のうかな……」
東京を追われて、職もなく食うや食わずで、生きている意味がわからない。

一番古い記憶がよぎった。「なんで生きてるんだろう」
あれから30年も生きた僕は、あの時の僕に何も答えてやれないんだ。

ダメだ。このままじゃ人間が腐る。このままここにいちゃいけない。

どうするのか。何をして生きていくのか。何も決めないまま、1年半過ごした島を僕は出た。
戻れないはずの東京の地で、もう一度やり直すために。

掲載日:2018年09月28日(金)

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フォトスタジオMe-Cell【ミセル】代表/扇情カメラマン

酒井よし彦(さかい よしひこ)

グラビア撮影専門のカメラマン、酒井よし彦さんは、若者向けに人生を考える機会を提供するなど幅広く活動しています。波瀾万丈なその人生に一貫しているのは、“できる方法を考える”という姿勢でした。

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