酒井よし彦 Episode1:キレイ事では生きられない。 | KeyPage(キーページ):起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

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「なんで生きてるんだろう」
僕の最初の記憶はこれだ。

人間は、生きるために呼吸をする。その生きるための行為が、息を吐いて吸うのが……苦しい。

喘息の発作が起きる。ひとたび起きると、息を吸うために全精力を使わなくちゃいけない。
こんなに苦しいおもいをしてまで、なんで生きるんだろう。何のために、僕の体は生きようとするんだろう。

小児喘息の発作は、小学4年のころには起きなくなった。
両親共働きで、育ててくれるばあちゃんを母のように思っていた僕。ゲームもないし、テレビなんかほとんど見ない。
本を読むか絵を描くか虫を殺すか……しか楽しみのなかった僕だけど、
発作の起きなくなる少し前から、もう少し人としゃべる子になろうと思って。
根っこから明るく変わったわけじゃないけど、少しは人と関わるようになった。

絵が好きで、画家になりたくて、芸大に行きたくて。黙々と絵を描いていた。
誰より絵を描いていれば、いつか画家になれるはず。

勉強は好きじゃない。中学校で柔道部に入り、バンドも始めた。
バンドにはのめり込んだけど、身長150センチしかなくてボンボコ投げられる柔道のほうはそこまで……。

風邪気味だったある日。まあ、風邪は事実なんだけど、正直サボりたい気持ちがあった。
「風邪なんで休みたいです」と先輩に言うと、こう返ってきた。
「ああ、いいよ。人は人、我は我。俺は練習して強くなるから。お前はずっと寝てろ」

ショッキングだった。
得意じゃない、楽しくない……だったら、自分が工夫しない限りいつまでも嫌なままなんだ。

柔道をする誰にも、手が2本あって脚が2本ある。条件は同じ。
そのなかで、でかい相手にどう勝てるかを考えて工夫すればいいんだ。
組んだら負ける体格差の相手の意表を、小さな自分がどう突くのか。
ダメだと思ったりビビったりした瞬間、勝てるものも勝てなくなる。

ルールのなかで、できる方法、勝てる方法を考える。柔道をとおしてそんな考え方を身につけていった。

バンドのほうは純粋に楽しくて、年上のお兄ちゃんたちにいろんな世界を見せてもらって。
比例して、学校にいる時間も短くなる。
進路相談の面談の日、担任に希望の進路を聞かれたので、僕は答えた。
「芸大に行きたいんで、高校はここに行きたいです。偏差値足りますよね」
「偏差値は足りるけど……お前の出席日数に生活態度じゃ、内申書けないよ」

そんな事情で、名前を書けば誰でも入れる高校に進学。
美術教師に「うちから芸大には……」と難しい顔をされた瞬間、その高校に通う理由がなくなった。
退学することにして両親に話すと、猛反対。
「出てけ」と言われたので、その日は謝って一晩やり過ごし、翌日寮付きの仕事を見つけて家を出た。15歳。

寮付きというだけの理由で決めたその仕事は、汲み取り便所の収集パイプの換気扇の取り換えを勧める営業の仕事。
完全歩合制の、まあグレーな仕事だ。「“市役所のほう”から来ました」ってやつだ。

それでなくても15歳の、社会経験もない僕に、契約なんか取れるわけもなくて。
先輩の仕事を手伝ったらもらえる日給千円で日々食い繋ぐ。

あまりにも売れない僕は、ある日部長と組まされた。
向かったのは一人暮らしのおばあちゃんの家だった。年金生活だという。
育ててくれたばあちゃんの姿がよぎった。「こんなおばあちゃんに、こんなの勧めらんないよ」

手ぶらで帰ると部長に怪訝な顔をされた。そして、部長がその家に行き、契約。
腹を空かした僕に、彼はアンパンを差し出した。

「そんな汚い金で買ったアンパン、食いたくないっす」
「何が汚い金だよ。おばあちゃんは納得して契約したんだぞ。合法的に、正当に得た金だ」
半ば無理やり僕にアンパンを握らせて、部長は言った。

「お前はおばあちゃんのことかわいそうと思ってんだろうが、そんな腹空かしたお前のほうが俺はかわいそうだよ」

悔しくて悔しくて、でも、空腹には抗えなくて。アンパンを噛み締めながら、僕は思った。

「かわいそう」とか「人としてこれが正しいはずだ」とか。そういうキレイ事だけじゃメシは食えないのかもしれない。
お金を稼ぐって大変な事なんだ。
誰かを騙すとか、誰かに我慢させるとか……そういう犠牲のうえで、人はメシを食う金を得ているんだ。

生きていくのに、正義感みたいな青臭いものなんか、邪魔なのかもしれない。
そんなものは捨てなきゃいけないのかもしれない。

おばあちゃんの笑顔を心に浮かべながら食ったアンパンは、少し、しょっぱかった。

掲載日:2018年09月28日(金)

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フォトスタジオMe-Cell【ミセル】代表/扇情カメラマン

酒井よし彦(さかい よしひこ)

グラビア撮影専門のカメラマン、酒井よし彦さんは、若者向けに人生を考える機会を提供するなど幅広く活動しています。波瀾万丈なその人生に一貫しているのは、“できる方法を考える”という姿勢でした。

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