休職した僕は、引きこもりになるのが嫌で毎日近くの喫茶店に通った。
家と喫茶店を行き来する日を過ごしているうちに、ある考えが芽生えてきた。
「俺って幸せなのかもしれん」
うつ病になったけど、会社はクビにならず、今も給料をもらえている。妻は今までと変わらず自分と接してくれる。幼稚園児の子供は、自分が毎日家にいることを喜んでいる。喫茶店の店員は毎日来る自分を「いつもありがとうございます」と歓迎してくれる。
僕の周りの人々はみんな優しかった。僕の地位やキャリアなんて気にせず、一人の人間として接してくれる。
「もしかして、世のええことばかりなんちゃうか?」
そんなふうに思えてきたのだ。
今までの自分は、キャリアや出世、世間体のことで頭がいっぱいで、他のことを何も知らなかった。イベントサークルでハメを外したのも、商社に入ったのも、そこでがむしゃらに仕事をしたのも、周りにすごいと思われたいという気持ちがあったからだった。もちろんそれだけじゃなかったけど、僕は他人の評価によって幸せを得ようとしていたの確かだ。
自分はなんて狭い考え方をしていたのだろう。世の中には、こんなにいい人たちがいて、こんなにいいことがあるんだ。
この人たちのために何かしたい。
そう考えると、体の中から衝動が湧き始めた。
まずは駅前のごみ拾いを始めた。はじめは一人だったけど、だんだん人が増えてきた。誰かのためにやっているという感覚は全然ない。ただ、今までやったことのないことをやっているのが楽しかった。
もっと他にできることはないだろうか。そう思って、たくさん本を読んで、セミナーにも行って、果ては禅寺の門を叩いた。自分には何ができるのだろうか、その答えを探すために。
セミナーでも禅寺でも、言われることは同じだった。
「あなたにしかできないことがある。できることをやって世の中に貢献するために生まれたんだ。あなたにしかできないことができればそれでいいんだ」
やがて「個の花道場」というセミナーに行きつく。僕はそこで、「天命」という言葉を知った。
天命とは、人生を貫く固有の使命のこと。人には一人一人、全うすべき使命があるということだ。
「天命はゼロから探すものじゃない。天命からは逃れられない。したがって、もうすでに自分は天命を生きているんだ」
こんな、うつ病で会社も休んでいる自分が、今、天命を行っているのだろうか?と思った。
「人生を冷静に振り返れば天命はおのずとみえてくる」
そう言われて、僕は二日間、自分の人生を見直した。
生徒会長、サッカー部キャプテン、労組の支部長。どれも弱い組織だった。立場としては辛いし、負けることも多い。結果が出ることは中々なかった。そんなとき僕はいつも、「みんな頑張ろうぜ」と周りを元気づけようとしていた。
負けそうなやつに「がんばろうぜ」という。誰かを元気にする。
これだ。これが僕の天命なんだ!
自分の生きる目標が見つかってうれしい半面、すごく怖かった。うつ病の自分が誰を元気づけられるのだろうか。急に、目の前に途方もなく高い山が現れたような気がして、複雑な涙が出た。
とにかく自分がやるべきことをやろうと、まずは会社に復帰した。
復帰したはいいものの、僕は「だめなやつ」が集まるデスクに移動されて、朝から晩まで何もすることがなかった。仕事といえば、たまにコピーを頼まれるくらい。
僕はできるだけ綺麗にコピーをとるようにした。こんなことが人を元気にするとは思えないけど、とにかくやるべきことをやろう、と。会議用に机を並べる、そんな雑用でも「みんなが元気になったらいいな」と思って仕事を続けた。
そうしているうちに仕事が増えてきた。忘年会の幹事やクリスマス会の司会、社内運動会の幹事、そんなことを続けていると、ある日上司から呼び出された。
「お前は人を元気にしたいらしいな。あっちの部署、元気にしてくれないか?」
人を元気にすること、それが仕事になった。
自分が本来やるべきことを仕事にできたのだ。
「サラリーマンでも夢は叶うんだ!」
僕は僕のやるべきことを続けて、社内で賞をもらった。
自分の生き方を決めること。それこそが、サラリーマンが幸せになれる秘訣なんだ。
こういう働き方ができるサラリーマンをもっと増やそう。僕はそう決意した。
掲載日:2019年08月10日(土)
このエピソードがいいと思ったら...
大八木潤のエピソード一覧
NPO法人ドリームサラリーマンミーティング 代表理事
大八木潤(おおやぎ じゅん)
サラリーマンとして働きながら、NPO法人「ドリサラ」の代表として、サラリーマンの夢を叶えるために活動する大八木潤さん。自分が本当にしたいこと=夢に気づいたとき、彼の人生は大きく変わりました。