カルロス Episode3:自分のなかの優しい心。 | KeyPage(キーページ):起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

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それは迷い犬のポスターだった。
そして、その迷い犬を俺たちは見つけてしまったのだ。

これは金になる……!!! 犬一匹届けただけで。

喜び勇んでポスターに書かれた住所を訪ねると、それはもう見たこともないような豪邸だった。
お寺の総本山のような、広くて立派な日本家屋。まず門から家までどれだけ距離があるんだ。
ベンツやらセンチュリーやら、黒い車が5台くらい停まっている……その黒い車に手を付いて
近所の子どもらしき小学生が一輪車の練習をしたり、キャッチボールしたりしている。
ヤバい家ではなさそうだ。これは、2年ぐらい遊んで暮らせるような金がぶんだくれるぞ。

「金の作り方いうモンをしっかり見せたるからな」
言いながら俺は門をくぐり、玄関に向かって歩いて行った。

呼び鈴を鳴らすと、出てきたのは70代くらいの上品そうなおばあさん。
そのおばあさんは、俺たちの拾ってきた犬を見るなり……泣いた。
泣いて、泣いて、その場に泣き崩れたのだ。

「この子は……この子は、ペットやないんです。家族なんです。子どものいない主人と私には、我が子ォなんです。
 この子がおらんかったら……もし帰って来んかったら……私は、私は……」

「戻って来てよかったですね。大事にしてください」

優しい声が出た。
これが俺の声かと疑ったが、確かに俺の口から出た声、言葉だった。そして、それ以上の言葉は出てこなかった。

「おおきに。ありがとう……。母親いうんはこういうモンなんです。
 我が子のことは我が身より大切なんです。心配で心配で、笑って生きててほしいって……」

そうなんだろうか。
俺たちを殴って育てた母親と新しい父親の面影が脳裏をよぎった。……もう顔も覚えていない父親の、気配みたいなものも。

いくらでもお礼しますと言うおばあさんに俺は会釈をし、背を向けて歩き出した。
呆気に取られた後輩が慌てて追って来る。
「か、金は? いくらでもて言うてるやないですか」と彼は小声で言ったが、俺は振り返らなかった。

何や、これ。
なんで、俺、泣いてるんや。
何や、何なんや、これは……。

思いがけず目の当たりにした自分のなかのあたたかいもの。
面食らった。が、俺は逃げなかった。
このあたたかいモンは何なんや。涙流したンはなんでなんや。何日も何日も向き合い、問い続けた。

そうして、俺はひとつの結論に至った。

徹底的に悪を貫くというのは、俺には無理なんじゃないか。
人に一切の情けを懸けず、金になるものは逃さない、そういう事を一生続ける……そんな事、俺には無理なんじゃないか。
長年忘れていたこんなあたたかい感情が俺にもあると思い出してしまった以上。

だとしたら、どう生きる?

答えは、9歳の俺が知っていた。
9歳の誕生日に手品セットを買ってもらった俺は、マジシャンになることを夢見た。
そして、今日この日まで一日も欠かさずその練習をしてきたのだ。
阪神淡路大震災の日、おたふくや水疱瘡で寝込んだ日、彼女に振られた日、童貞を失った日、おばあちゃんの亡くなった日……一日も欠かさず。

同じ技術を使って同じだけの金を稼ぐなら、人を騙したり傷つけたり怖がらせたりするより
喜ばせたり感動させたりするほうがイイんじゃないか。何より、俺自身にとって。

2007年7月24日、片道4800円の夜行バス「キラキラ号」で俺は横浜駅相鉄口に降りた。

「東京23区内の駅前に店を持つマジシャンになる」
夢ではなく、目標を携えて。

掲載日:2017年10月20日(金)

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マジシャン(メンタリスト)

カルロス・ニシオ・セルバンテス(かるろす・にしお・せるばんてす)

9歳でマジシャンを志したメンタリスト、カルロス・ニシオ・セルバンテスさん。過酷な幼少期、逮捕歴もある青年期を経て、ある日……そんな自分にも残っていた優しい心に気づいたきっかけとは?

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