9歳の誕生日プレゼントは、手品セットだった。
小学3年生になる時にクラス替えがあり、俺をいじめていた奴と別のクラスになった。
転校生もやって来た。明るくひょうきんな彼はあっという間に人気者になった。
「これや!!! 」
その姿を見て、俺は意図的に人格を変えた。コメディアンのように振る舞うようにした。
それが功を奏して、いじめられる日々からは卒業。
そんな俺に、手品セットというプレゼントはドンピシャだった。夢中になって練習した。来る日も来る日も。
クラスで披露し、驚かれほめられ、注目を浴びる。うれしいからまた練習に励む。
お小遣いを貯めたら買うものは新しいマジックの道具と決まっていた。
4歳の時にピアノを始めた。6歳で万引きを始めた。
そして、9歳の誕生日から俺は一日も欠かさずマジックの練習を続けた。
マジシャンになりたい。マジシャンになろう。俺の心にそんな夢の生まれるのは自然なことだった。
母親にも、新しく父親になった人にも俺は殴られて育った。
特に新しい父親は、“ちゃんとした暴力”を振るう人だった。正確に効果的に人にダメージを与える攻撃の仕方を知っている。
機嫌の悪くない時には、俺や弟に正しい人の殴り方を教えてくれた。そうでない時は俺たちを殴った。
どうやったら父親に殴られないか――それが日々の至上命題だった。
いま機嫌が好いか悪いか、話し掛けてもだいじょうぶなタイミングかどうか、酔っていないかどうか、
外で嫌な事があったのか、この場面で自分がどう振る舞えば安全が保たれるか。
死ぬほど人の顔色を見て過ごしていた。おのずと、人の顔色を見るのがうまくなった。
中学に上がるころ。
道具を使って披露するマジックに、クラスメートたちが飽き始めていた。
それまで俺の練習してきたマジックは、道具頼みのそれだった。
道具を買い、説明書どおりに練習して披露すれば、皆が驚く。けれども、新しい事をしようとするとまた別の道具が必要になる。
飽きられないマジックはないのか。
そこから俺は、手の技術に頼るマジック、人の心理を読み取ったり操作したりするマジックの練習に切り替えた。
万引き経験で手先も器用になり、親に殴られないように人の顔色をうかがって育った俺。
そんな俺に、メンタルマジックと呼ばれるそうしたマジックはぴったり。めきめき腕を伸ばしていった。
新しく開けた道に、俺は拳を握り締めたのだった。
掲載日:2017年10月20日(金)
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マジシャン(メンタリスト)
カルロス・ニシオ・セルバンテス(かるろす・にしお・せるばんてす)
9歳でマジシャンを志したメンタリスト、カルロス・ニシオ・セルバンテスさん。過酷な幼少期、逮捕歴もある青年期を経て、ある日……そんな自分にも残っていた優しい心に気づいたきっかけとは?