ついたのは、日本とおんなじちきゅうだった。
まどからずっと外を見ていたのに、いつまでたっても星は見えなくて。だんだんちきゅうが見えてくるはずなのに、見えなくて。
そのまま“アメリカ”ってトコについた。おかしいなあ、どういうコト? “アメリカ”ってわくせいに行くんじゃなかったの?
3さいのあたしは“アメリカ”での生活を始めた。
階段にカーペットがしいてあるようなおっきなおうちに、いとこの家族が住んでいる。
そのおうちであたしたち家族も暮らすんだ。いとこの通うようちえんやしょうがっこうにもついていく。
そこには、見たこともないような子がたくさんいた。
キラキラな髪の毛の子、透きとおった目の子、あたしとはちがう色の肌の子、
聞いたこともない言葉を話す子、おっきなタイヤのついたイスに座っている子。
すぐに仲良くなって、いっしょに遊んだ。追っかけっこをしたり、ごっこ遊びをしたり、お花をつんだり。
言葉はちがってもニコッと笑う顔はみんなおんなじで、笑い声もおんなじだった。
「そっかあ。ちきゅうには、日本じゃない国があるんだ」
「日本人とはちがった国の子がいて、見た目もちがって、いろんな言葉をしゃべってるんだ」
「言葉がわかんなくても見た目がちがっても、いっしょに遊んで楽しいなって思う気持ちはおんなじなんだ」
初めて、夢っていうものが生まれた。
「世界中の人とお友達になりたい!!! 」
日本に帰ったあたしに、ママはステキな事を教えてくれた。弟が生まれるんですって!
ママのおなかに耳や手を当てながら、もうすぐ生まれてくる命を愛おしく思った。
そうして迎えた男の子。あたしは5さいで“お姉ちゃん”になった。
パパとママの一人娘だったあたし。「ママとパパが取られちゃった」っていう気持ちもちょっとだけ生まれたけど。
弟をかわいく、大切に想う気持ちもホント。このしあわせな生活がずっと続くんだと思っていた。
弟はスクスク育ち、1年が過ぎた。いつものようにしあわせな一日が終わり、あたしはお布団でうとうとしていた。
物音がした。ママの叫び声、パパの太い声……。
ドラマでしか聞いたことのない、きゅうきゅうしゃの音が近づいてきて、……また遠ざかっていった。
そして、静かになった。静かすぎる。
「何が起こったの……?? 」
翌日、あたしはお友達の家にあずけられた。
何日かたって、弟に会いに行くことになった。会いに行く先は“びょういん”。家族に会うのに、なんで“びょういん”に行くの?
おっきなびょういんの奥のお部屋に、弟はいた。見たこともないきかいに囲まれて目を閉じている。
パパとママの話から、弟に何か大変なコトが起きたらしいとわかった。
それが何なのか、全然わかんないんだけど。あたしたち、何かが、変わっていく……。
あたしはおじいちゃんとおばあちゃんの家にあずけられた。
新しい場所で新しいお友達ができるのはうれしい。でも、パパやママ、弟に会えないのがさみしくてさみしくて……。
おじいちゃんとおばあちゃんももちろん大好き。だけど、だけど……。
小学校に上がるころ、あたしはもとのおうちに戻った。弟も戻ってきた! 家族4人でまた暮らせるんだ。
だけど、弟は何度もびょういんに運ばれた。せっかくおうちに戻ってきたのに、パパやママと過ごせない日が続く。
れいぞうこに入れられたおかず。すいはんきから自分でよそうご飯。
ひとりで食べるご飯がだんだんのどを通らなくなっていった。
ある日の朝。いつものように起きようとすると、脚に力が入らない。歩けない。……立てない!?
「ママ! ママ、パパ!!! 脚が……」
いろんなびょういんでけんさをした。弟のびょういんで見たのと似たような、おっきなきかいもあった。
「ママやパパのいない時は歩けるんだね」
そうみたい。ママやパパが来てくれる時だけ、力が入らなくなる……。
“こころのびょうき”だ、ってお医者さまは言った。
歩けるようにならないまま、退院した。その日からパパとママはあたしをいろんなトコに連れて行ってくれた。
弟のことはイイのかな、と思ったら、いまは“しせつ”っていうトコにいると言われた。
びょういんだとママたちがいなくちゃいけないけど、そこにあずけるとだいじょうぶらしい。
あたしのために、あたしと過ごすために、ふたりは時間を作ってくれたんだ。
牧場、山、川、温泉、テーマパーク……初めて行くいろんな場所で、一日中時間を過ごした。お泊まりもたくさんした。
「パパとママは、あたしのことを忘れてたわけじゃなかったんだ」
「いまは弟が大変だからそばにいられなかっただけ。あたしのことがキライになったわけじゃない」
「あたしはちゃんと愛されてるんだ……」
あったかい気持ちが心を満たしていく。少しずつ歩けるようになった。
あたしは1ヶ月で健康な体を取り戻し、休んでいた学校にも戻った。
家族で暮らせるようになったものの、具合が悪くなると何度もにゅういんする弟。しんぞうが止まることもある。
ある時、びょういんに運び込まれた弟のトコに駆けつけると、弟はうっすら目を開いてあたしを見た。
――お姉ちゃん。僕、生きるからね。
力強い目に、そう言われた気がした。
言葉をしゃべることも、自分で歩くこともできない弟。その弟に、あたしはなんて大きなチカラをもらっているんだろう。
小学2年生になったあたしは、国語の教科書に書かれていたあるお話に、首をかしげた。
遠い遠い国で、栄養の足りない子どもたちが、バナナの皮の下で死んでいく。
それは空想の物語じゃなくて、いまこのちきゅう上のどこかで起こっているコトらしい。
「どういうコト? この子なんで食べないの? 子どもが死にそうなのに、なんでお医者さん助けないの?? 」
ワケがわからなかったので、ママに頼んでその本を買ってもらった。
くろやなぎてつこさんという方が、お仕事で世界を回って書かれたんだという。
そこには、知らなかったコトがたくさん書かれていた。
あたしと同じくらいの年の子が、おっきな武器を持っている。
あたしと同じくらいの年の子が、手足をなくしたり、村を追われて道端で眠っている。
あたしと同じくらいの年の子が、食べるものがなくて死んでいく。
日本でも、アメリカでも、こんなの見たことがない。
こんな……こんなコトが、こんなひどいコトが、いまこのちきゅう上で起きているの!?
毎日両親に愛を注がれて、弟からも勇気をもらって生きてきたあたし。
「生きることって、なんてすばらしいんだろう」弟の力強い目や笑顔から、日々そう感じていた。
そこに優劣なんかなくて。誰もがみんな大切な存在。
どうでもイイ人、傷つけてイイ人、死んでもイイ人なんか、この世界にひとりだっていない!
日本は何十年も前に“せんそう”っていうのをしていた、そんな話も聞いた。
世界には、いまも……あたしが平和に暮らしているいまも、人が人を殺す“せんそう”をやっている場所がある……。
食べ物はたくさんあるのに、日本やアメリカじゃないトコに生まれた人はおなかを空かせて死んでいく……。
もうひとつ夢ができた。
「世界中の人とお友達になりたい」これ以外の、もうひとつの夢。
「世界を平和にしたい。この世界のために何かできる人になりたい」
人間の起こす問題で悲しんだり命を落としたりする人がひとりもいなくなる世界を、あたしは作るんだ。
掲載日:2018年09月21日(金)
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「三つ子の魂百まで」のとおり、3歳で抱いた夢を現在も追求する松本真奈美さん。難病の弟に励まされて育てた夢を、一度は忘れていたのですが......世界平和のための教育活動に邁進する松本さんの半生を追いました。