苦しい日々がどれだけ続いただろう。
ある日のこと。
携帯電話が鳴った。登録していない番号からの着信に、僕は特になんとも思わず応えた。
「なぁ、お前まだゴスペルやってる?」
高校時代の友人からだった。
ああ、やってるよ、と力なく答えた。
僕はバンド活動の他に、米軍基地内の黒人教会でゴスペルのピアノ伴奏をやっていた。
ゴスペルという音楽には学生時代からずっと関わっていた。
地声での合唱が盛んな学校で過ごした中高時代以来、人をつなげるコーラスの力が、僕の記憶に貼り付いていたからだ。
でも基地での演奏のことは周りにはあまり話さなかった。それを人に言うのはカッコ悪いとさえ思っていた。
だって、僕はシンガーソングライターをめざしているのだ。
自分のライブのお客はからっぽなのに、アメリカ人とゴスペルをやってることを自慢するなんて、ひどく恥ずかしいことに思えた。
友人の話を詳しく聴くと、都内の高校でゴスペルを教えてほしいクラスがあるという。僕は日本人のやるゴスペルには興味がなかった。
でも、これが最後と信じたバンドもこのあいだ崩壊して、どうせ他にやることもない。
ああ、いいよ、と返事をした。
掲載日:2017年10月27日(金)
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Power Chorus 協会共同代表
在日米軍契約ゴスペルミュージシャン
木島タロー(きじま たろー)
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