「麻由ちゃんの言葉を一番たくさん聴いているのは、誰だと思う? 」
ある日、母にそう言われた。
(誰だろう? お母さんかな? )
ポカーンとする私に、母は続ける。
「麻由ちゃんの言葉を一番聴いているのは、麻由ちゃんよ。
麻由ちゃんがどんな言葉を使うかを、麻由ちゃんの耳が一番よく聴いているの」
言われてみれば、確かにそうだ。こっくり頷く私に、母は続ける。
「だから、麻由ちゃんの耳と心が喜ぶ言葉を、たくさん使おうね」
愛にあふれた、穏やかで優しい両親。
特に、母の前向きな言葉は私を大きく支えてくれる。
「疲れちゃった」と私が言うと、
「そっか。でも、疲れたって聞くと、もっと疲れちゃうよね。
『よく頑張ったね』って言ったほうが、元気にならない? 」
疲れた事の否定はしない。悲しい事があっても、気持ちをなかった事にはしない。
そのうえで、「どうやったら気持ちよくなるだろう?」と一緒に考えてくれる。
私には思いつかない事も、「こんなふうに言うとどう? 」と提案してくれる。
言葉のチカラはすごい。折々、母が教えてくれた。
「何か乗り越えたい事や叶えたい事があったら、頭で考えるのも大事だけど、書き出したり人に話したりするといいよ」
これも母の知恵。節子さん、すごい!! 尊敬する母の事は、いつからか名前で呼ぶようになっていた。
3歳でピアノを習い始めて、小学4年生の時にブラスバンド部に入って。
小さい頃から、個人練習より発表会やコンクールなど本番のほうが好き。
もちろん、ドキドキするけれど……大勢の人が見て、聴いてくれる、そんな中で仲間と一緒に何かをやり遂げる気持ちよさ!
そういえば、保育園の発表会でも
「これから、うめぐみのはっぴょうかいを、します!」なんて、人前で司会進行役を任されていた。
マイクが好きだったのは、保育園の頃から変わらない。
仕事の関係もあって、母はよく外国に行く。
「節子さんの行っているフロリダってどんなところだろう? 」
「ドイツってここからどのくらい離れているのかな? 」
そんな事もあって、地球儀や世界地図を見るのも昔から大好き。
私の住んでいる小さな街より、うんと大きな世界が、広がっているんだ……。
父の転勤で、高知、大阪、兵庫と引っ越し、芦屋市の公立中学に入学。
芦屋と聞いてイメージされるような、お医者さんや社長さんのお嬢さんは、私立中学に行く。
校内暴力が激しくて。
授業中にラグビーボールが飛んできたり、お手洗いに煙草の吸殻が積み上げられていたり。
吹奏楽部で過ごす時間が唯一、ホッと息のつけるような生活。
やっぱり父の転勤で、中2の春から千葉県に引っ越した。
「関西から来たの? 関西弁しゃべってよ」
「そんなん、いきなり言われてもしゃべられへんわ」
ぱっと答えたそれが、思いっきり関西弁だったらしい。クラスメートたちが沸き立つ。
地域によって、言葉ってこんなに違うのか。初めてのカルチャーショック。
特に、国語の時間、私が教科書を読むと、イントネーションの違いから、笑われていた。
「なんや、関西弁しゃべりたいんやったら、教えたげるわ」
ひまわりのようだと言われる笑顔が私の取り柄。
にっこり笑って、放課後にプチ関西弁講座なんてするようになった。
考えてみると、私の性格がこうじゃなかったら、言葉の違いから人目を気にしてしまったかもしれないけれど。
周りと違う自分の言葉に引け目を感じる事なく、持ち前の笑顔で、その言葉の違いをキッカケに友達を増やしていった。
どんな時でも前向きな言葉を掛けてくれる節子さんのおかげかな。
吹奏楽で人気の高い高校を選んで進学した。吹奏楽部への入部希望者は100人超え。
希望したサックスはできなかった代わりに、金管楽器のユーフォニアムの音色に魅せられて新しい世界に飛び込んだ。
「音楽は愛」が合言葉の佐野先生のもと、部活に青春を捧げる日々。3年次には副部長になった。
幅広い楽器を、担当する一人ひとりが心を込めて演奏する。
ピッコロやフルート、クラリネットやトランペットがメロディを奏で、ユーフォニアムやホルンがハーモニーの中間層をつなぐ。
チューバやコントラバスの低音パートが支え、打楽器が料理でいうスパイスの役目となり、ひとつの音楽を仕上げる。
パズルのピースが一つひとつぴったりハマるように……人間と人間の関係もそうなんじゃないかな。日本中、世界中の。
音楽教師をめざして音大に進学したものの、在学中にいろいろ考えて、教員免許だけは取って一般就職の道を選択。
入社式の日、新入社員代表として、約1000人の前でスピーチをした。
愛犬ラッキーの散歩をしながら考えたスピーチを、せっかくだから全部暗記して、表情や抑揚もつけながら練習して。
……と思ったら、グループ会社の私以外の4人は、原稿を握り締めて震えながら読んでいたのだけど。
「今日から、私たちは、社会人としての第一歩を踏み出しました! 」
割れるような拍手。驚きを伴った笑顔、笑顔、笑顔……。
もちろん緊張もするけれど、楽しさのほうがうんと大きい。
注目を浴びながら人前で何かをする、何かを表現するのが、本当に好きなんだな、私。