一柳雄太 Episode3:たったひとつの選択が | KeyPage(キーページ):起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

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少し前から、世間では若手起業家とかベンチャーとかがもてはやされていた。
僕も、一度は就職してもいずれビジネスをやりたいと思った。社長ってカッコいい。

誰かの人生に影響を与えたい。誰かが自伝を書いた時に僕が登場する、そんな仕事がしたい。
人生の節目に関わる仕事をしたら、そんなふうに生きられるんじゃないか。
自分の希望が明確になったので、そうした分野で就活し、人材系のベンチャー企業に就職。
メディアにも露出していて、キラキラした人たちが働いている会社だ。

そんなキラキラしたカッコイイ社会人に僕もなれる……と思っていたのは、大間違いだった。

一日150件とか200件の営業電話を掛けまくる。
昼ごはんは誰かが全員分の弁当を買ってきて、掻き込むように食べたら全員営業に戻る。
朝7時半出勤で、その日の経済新聞の気になった記事をひとりひとり発表。
迂闊な事は言えないから、入念に新聞を読むと考えたら、睡眠時間もほとんど取れない。
遅刻するとオフィスに立たされる。ちょっとしたミスで終電近くまで反省文を書かされる。
土日の休みもほとんどない。毎日、朝から晩まで働く。
同期のひとりは10日で辞めた。

入社した年にリーマンショック。
その余波を受けたのか、新規事業が複数立ち上がり、子会社がいくつも出来た。

その1年目が終わるころ、僕を含む同期3人が呼び出された。
「君は優秀だから、来年からA社に出向して。君は、成績はイマイチだけど頑張ってるからB社に。一柳は……」
会議室で機械的に聞かされる出向命令。

「頑張ってもないし、成績も上がってない、素直でもない。C社に行け」

信じられない。
成績は確かに悪いと思う。でも、人と比べて特別怠けているなんてことはないつもりだった。
僕なりに必死に努力した結果なのに、なんでこんな事を言われてしまうんだ……。

「お言葉ですが、僕は23年間生きてきて、素直じゃないと言われるような人生は送っていません。
 でも、いまこうして素直じゃないと言われたということは、社会人として素直じゃない面があるんだと思います。
 どこが素直じゃないのか、教えてください」
勇気を出して、そう言うと。


「その発言自体、もう素直じゃないんだよ」

机に並べられた出向の契約書にサインして、僕は名古屋の子会社に出向した。

名古屋の会社も激務、といっても東京と比べたらマシな環境で、少しは心に余裕が持てた。
悔しすぎたので奮起して成績が出せたという面もある。
こちらには知り合いもいない。SNSで交流会を探して、たまの休みに顔を出したりもした。


とはいえ、金がなすぎてこのままじゃダメだと思った。
給料からまず税金が引かれ、家賃補助もない。
大学時代から付き合っている彼女とも、月に1度は会いたかった。
青春18きっぷで始発電車に乗って6時間掛けて東京に行くような、極貧の遠距離恋愛。
9時ごろまで寝て新幹線で来た、と彼女に嘘をついて。

その彼女との将来を考えて、結婚関連の資金を調べてみた。
いまの収入じゃ式も挙げられない、指輪も買えないとわかった。
どんなに働いてもこの給料の上がることはない。転職を決意した。

休みが少なすぎて、転職エージェントの担当者と予定を合わせるのに1ヶ月掛かった。
それでもようやく面談にこぎつけて、名古屋から有楽町のそのオフィスに。

「事前に送っていただいた経歴書を拝見しまして……」
挨拶もそこそこに、担当の30歳くらいの男性がいくつかの書類を並べる。
「この10社全部に履歴書と職務経歴書を送りましょう」
全部営業の会社だった。僕の知っている名前もあるし、聞いたことのない名前もある。

「ありがとうございます。もしこの10社に申し込んで、全部ダメだった場合は、どうしたらいいんでしょう? 」
営業会社以外を紹介してもらえるのか、それとも。
そう思って尋ねた僕に、彼は首をかしげてこう言った。

「これ以外にご紹介できる案件は、ちょっと厳しいんですよねえ」

有楽町の街に出て、空を仰いだ。

就職する時に、もしも、大手の会社とか違った業種を選んでいたら。
内定をもらっていたほかの会社に入っていたら。
だとしたら、その後転職するにも選択肢があったかもしれない。
ゼミや大学の同期たちみたいに、結婚したりボーナスで親孝行したりしていたかもしれない。

でも、ベンチャーに入ってしまって。1年ちょっとで転職を決意して。
それなのに、ここから転職する道は、ないも同然なんだ。

あの時、たった一度、進む道を間違えたから。

「これからどう生きていったらいいんだろう……」
ビルのそびえ立つ有楽町の空が、いまにも落ちてきそうだった。

掲載日:2019年03月29日(金)

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株式会社シルワ代表取締役

一柳雄太(いちやなぎ ゆうた)

幼少期から仕切り役を担ってきた一柳雄太さんですが、「自分には特別得意な事がない」という気持ちもあったとか。社会に出て挫折も経験した一柳さんが、かけがえのない自身の才能に気づくまでを追いました。

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