平川翔 Episode3:自分のための夢を見つけて。 | KeyPage(キーページ):起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

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退院した僕は、知り合いの紹介である居酒屋に面接に行った。
弟に頼まれて高校のバレーチームの指導をする時間を考えると、両立できるのが居酒屋でのバイトだけだったのだ。

言われた時間に店に行くと、そこには品の良さそうなおばさんが。社長の奥さんだという。
その女性の澄んだ瞳に見つめられると、不思議な感覚に陥った。そわそわするけれど、心がじんわり温かくなる……。
気づけば僕は、これまで人には話してこなかった身の上の話をしていた。
生い立ちのこと、バレーのこと、けれどもそのバレーを失ったこと、
家族を修復しようとしてきたのに母につらく当たることしかできない現状。
「それでも、バレーだけは、指導だけは続けたくて。そのためにここで働かせてもらえたら……」

奥さんは、泣いていた。キレイな両目からこぼれるキレイな涙、涙、涙。はらはらと泣きながら、奥さんは僕の手を取り、
「本当に、苦労してきたのね」
そう言って、僕の頭を撫でた。

強がってきた何かの崩壊した瞬間だった。人前で、僕は初めて泣いた。堰を切ったように。
何が起こっているのかわからなかった。
何やってんだ、面接に来たのに、面接官とふたりで泣くなんて。イイ年した男が泣くなんて……。

僕はその居酒屋で働き始めた。社長と奥さんは、仕事中は互いに厳しいが、仕事を終えると仲睦まじい夫婦だった。
初めはつらかった。僕の欲しかった、取り戻せなかった理想の両親像。まして、その二男が僕と同い年だという。
「翔は息子みたいだ」
たいそうかわいがってもらった。

「お前はこれまで本当に、本当にいろんな経験をしてきたから、もっといろんな経験をしなさい。いろんな大人を見なさい。
お前が見下してるような大人ばかりじゃないよ。すごい大人なんていくらでもいるから」
サーバーグランプリ、居酒屋甲子園……。普通にバイトしていては経験できないようなイベントやセミナーに連れて行ってもらった。
店のためということももちろんあるが、僕のためを想ってそこまでしてくれるふたり。
「父さんと母さんも……僕には見えなかったけど、僕たちのために頑張ってくれてたのかな……」

ある時、その居酒屋のコンサルティングに入っている方のセミナーに連れて行ってもらった。
そこには、常識や制約に囚われず、本気で夢を語り熱く生きる大人がいた。

子宮がんで倒れてから母は働いておらず、弟は学生。僕の稼ぎで家族の生活を支えている現状だ。
それでも、「何の制約もなければ、僕はどう生きる?今日何をする?」

翌日、僕は居酒屋を月末で辞めると伝えた。
「とうとう見つかったんだね、したい事が……。誰かのための夢じゃなくて、翔自身のための」
ふたりは涙ながらに送り出してくれた。「疲れたらいつでも帰って来なさい」という言葉とともに。

スポーツ体罰で悪評の立ってしまっている長野県。長年現場にいて、指導者の言葉の暴力も見てきた。
うっすら抱いていた、バレーの指導をしながら子どもたちのケアのできる仕事がしたいというおもいを、行動に移すことに。
お金を貯めて整体の学校に通い卒業、自分で作ったバレーボールチームの指導をしながら整体の仕事を始めた。
3年ほど勤めて知識や経験を得、2016年6月に独立。
オープン前日に両親を店に呼び、「いろいろあったけど、あなたたちの息子でよかった」と初めて伝えた。

その間、自分のチームも成長し、長野県代表として東日本大会や全国大会にも出られるように。
そのたびに父に報告に行った。
「オリンピックほどじゃないけどさ、今度こんな大会に行くんだよ」

望んだ形とは違うけれど、“5人で暮らすしあわせな家族”ではないけれど。

僕なりに掴んだしあわせの形。充実した日々だった。

少し気になる事はあった。
独立の構想を練り始めたころから、人と“言った・言わない”の口論をすることが増えていたのだ。頭がぼおっとすることも。
ただ、やりたい事のために突っ走ってきた僕は、それをおおごとと捉えていなかった。
目標のためにあれこれ考えているから、頭が疲れているのだろう。

ある日のこと。
施術したばかりのお客さんのカルテを作ろうと机に向かった時だった。

「………!?」
何ひとつ思い出せなかった。直前の1時間の会話の記憶がすっぽり抜け落ちていたのだった。

記憶をつかさどる海馬が収縮している。原因不明の病気だった。

掲載日:2018年01月19日(金)

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整体師/講演家

平川翔(ひらかわ しょう)

家族のために必死に生きてきた平川翔さん。ある出逢いが荒んでいた平川さんの心を癒やし、もう一度夢を掴み直そうと生きるキッカケを与えたのですが……波乱万丈なその半生を振り返ります。

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