身近なところに、障害を持った方のいる家庭がありました。
どこに行くにも親や家族が付き添い、手助けをしていて。
「親がいなくなったらどうやって生活するのだろう?」
「一生を施設で過ごし、国の保護を受けて生きるのだろうか?」
僕の頭の中には、漠然としたそんな疑問がありました。
僕自身は、兄の影響で始めた野球一筋の生活を送っていました。
小学校から大学まで野球、野球、野球……関東大会優勝まで行ったこともあります。
高校の部活引退のあとも受験勉強をあまりしなかったため、見事不合格。
その後一浪して都内の大学に進学しました。
何かがしたい。
でも、自分のやりたいことって何だろう。
20歳になった僕は、夏休みに青森の親戚の家にいました。
僕は何がしたいんだろう……のどかな田舎風景を眺めながら漠然と考えていた時。
突然の知らせが入りました。
友人が事故で亡くなった、と……。
20歳という若さでこの世を去ってしまった友達。
知らせを受けた時には、冗談でも言われているような気がしました。
けれども、実際に事故現場に駆けつけて……そこには「死」がありました。「死」を肌で感じました。
冗談じゃない。他人事でもない。数日前まで生きていた友達の死という現実。
死って、こんなにすぐそばにあるんだ……。
リアルな死の経験は、僕に「生きること」を見つめ直させてくれました。
限りある自分の人生を楽しみたい。
やりたいことを実現させるんだ。
20歳の僕はそう決意したのでした。
掲載日:2017年11月10日(金)
このエピソードがいいと思ったら...
日野信輔のエピソード一覧
株式会社Nextwel(ネクストウェル)代表
ポータルサイト「Welsearch」編集長
日野信輔(ひの しんすけ)
友人の死をキッカケに、限りある人生を思い切り生きると決めた。 野球一筋の生活を終え、思いがけず知った障害者雇用のあまりに厳しい現実。 自立支援を実現させる夢を追い続けて。