Happy幸子 Episode2:あたしが彼を殺したんや。 | KeyPage(キーページ):起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

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家族関係はそんなふうでも、看護師としては順調に働いていた。
学会の研修で知り合った方のメディカルアロマの講義を受けに新大阪に通ったり、サロン物件がタダで手に入ったりした。

恋愛はうまく行かなかった。好きになったり付き合ったりする人は裏の世界の人だったりして、普通の恋愛ではない。
仕事だけが順調だった。
「もっと勉強したい。もっと技術を手に入れたい」
学ぶことに貪欲で、貯金はいつもなかった。

そんなある時。

ある患者さんの食事の下膳をした。
「ああ、新しく入って来はったんやな」と、その人の目を見た瞬間、時間の流れが変わった。

私と彼の周りの時間の、濃度と温度が変わった。
視線と視線を絡ませる。なんて優しい、美しい瞳だろう。
映画のワンシーンがスローモーションになったような感覚……。
手はいつもどおりテキパキ動かしているのに。
何事もなく下膳を済ませ、永遠と思われたその時間はいつもの流れを取り戻した。

その彼とはすぐに親しくなった。
好かれていることが伝わってきたし、私も彼のことが好きになった。好きになればなるほど、踏み込むことを恐れた。
「お前は人を不幸にする」
「お前の旦那は早死にする」
それでも、想いは膨れ上がる。彼も近づき、私も近づいてしまう。抑えても抑えても近づいてしまう。

未来のコトなんかわからない。いま好きだという気持ちだけが確かなもの。
とうとう彼を受け入れることにした。
しあわせな時間がそこにはあった。父の死をきっかけに忘れていた笑いを取り戻した。
おもしろくて優しくて、家族のことが大好きで。
「なんてステキな人なんやろ。なんてしあわせな時間なんやろ……」

10万人にひとりのガン、それも死に至る症例の極端に少ないガンだった。
彼が転院した時も、次の治療をしたら治る前提の転院だった。

治療は一度で終わらなかった。予定より長引く入院。
ふたりで過ごす時間には、暗い話を持ち出したくない。違和感を抱いても、「悪くなってんの? 」なんて切り出せない。
思いやりのある人だから、私が心配していると彼も自分のせいかと気に病んでしまう。不安を抱きながら笑って過ごす日々。

いつしか私は、近い未来の彼の死を確信していた。
「そんな縁起でもないコト、思ったらあかん! 」と自分を叱咤しても、
ふと気づくと「彼が死んでも取り乱さんとしっかりせなな……」なんて考えている。

そして、彼はこの世を去った。

初めて経験したしあわせな恋愛。良い人を絵に描いたような彼が、滅多に死に至らない病気で死んだ。
兄の言葉は、本当だった。
「ホンマに、人を死なせた……あたしのなかの悪魔が彼を殺したんや」

掲載日:2018年05月25日(金)

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Happy幸子という名前で女性の自立支援のスタジオを運営する幸子さん。「悪魔や」と言われ続け、その名前にもコンプレックスを抱いてきた半生だったのですが……闇にも光にも光を当てたキッカケを振り返ります。

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