浜松幸 Episode2：“フツーの社会”で生きる | KeyPage(キーページ)：起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

「彼女出来たんだ」
担任に言って、姉ちゃんにも言って、両親にも言って。なんか、みんなフツーの反応だった。
そんなものなの？　知らない優しい世界がまだまだあるらしい。

チャットで知り合ったレズビアンの子と個別に逢うだけじゃなくて、大勢で会うオフ会にも行くようになった。

ある日のこと、そんなオフ会にガチムチマッチョな男性が来ていて。
「……誰、あれ？　」

それが、初めて出会った“オナベ”(※)だった。
もともと女性の身体を持って生まれたけど、自分は男性だと気づいたから、男性として生きることにした、と。
職業は介護士。めっちゃフツーの仕事。そういう人って、二丁目(※)にしかいないんだと思っていた。
“職業オナベ”じゃないオナベの人っているんだ！？

衝撃的だった。同時に、光が挿した。

ずっと自分のことを、“ボーイッシュな女の子”で、女の子が好きな“レズビアン”だと思ってた。
「生まれ変わったら男になるぞー！　」と思ってたけど、”自分が男だ”なんて考えたことはなかった。

「そうか……レズビアンじゃないんだ。
　たしかに、女の子が好き。それは変わらない。だけど、違う……。そうか、男の子なんだ……」

その人にいろんな事を教わった。
胸を潰すグッズがどこで買えるかとか、ホルモン注射やオペのこと、法律のこととか。

まず、友人に。そして、担任に。
ずっと学級委員長だったから担任とも仲がよく、特に気負わず。今度は「男だって気づいた」とカミングアウト。
「だから、男の制服で通いたいんだよね」
担任は真剣に考えてくれて、
「未成年だからまず親にちゃんと話をしなさい。それがうまくいったら学校側のことをしよう」と背中を押してくれた。

自分が選んだ道なのだから、好きにしたら、と親は意外とあっさり受け入れた。きっと姉の後押しもあるのだろう。

親にも来てもらい、学校での面談もした。校長や教育委員会の人とも話した。

「もし男子服での通学が叶わなかったら、どうしますか？　」

「その時は、高校辞めます！　」考えるより先に口が動いていた。

たくさんの大人と話して高校3年生の6月。とうとう男子服登校の許可が下りた。
ブレザーは男女兼用だからいいとして。ズボン、ズボン！！
バイトして貯めたお金で夏用と冬用のズボンを買った。夢が叶った瞬間だった。

と同時に、自分のことを「俺」とか「僕」とか言うようになった。

そして、もうひとつ。名前。名前は男女がわかる大きな要素のひとつ。
だけど、ガラッと変えることに抵抗もあった。名前は、人生で最初にもらうプレゼントだから。

考えた末、「美幸」という名前を活かして「幸（コウ）」にした。

浜松幸として、新しい人生がはじまる……！

とはいえ、いわゆる“ロールモデル”が少なすぎて。オナベが一般社会で働くイメージが湧かず……。
じっくり自分と向き合おうと決め、高校卒業後は進学や就職はせず、居酒屋でバイトして暮らしていた。土日は二丁目のクラブに足を運ぶ回数が増えていった。

実はその居酒屋の面接、一度落ちていて……。
「男子制服でホールをやらせてください！　経験者です！　」と言ったら落ちた。だいたい経験があれば雇ってもらえるはずなのに……。
だけど、「そんなにやる気あるなら」って店長に拾われて、男女での制服が同じ”キッチンスタッフ”として働くことになった。

そんな心意気に恩返しをしたかったし、“男は仕事ができてナンボ！　”と思っていたから、とにかく頑張った。

働くうちにもっと料理の勉強がしたいと思い、バイトしながら調理師学校に入学。
いつか店持てたらな、なんて考えるようにもなった。自分の店を持った経営者の体験記を読みあさった。
その中でも、文字ばっかじゃない珍しい飲食店経営の本を書いた“高橋歩”みたいなぶっ飛んだ人の本には、特に刺激をもらった。

専門を出たら就職しようかなとも思ったけど、そのタイミングでバイトをしていた居酒屋からごっそり人が辞めた。自分を雇ってくれた店長はバックレた……！！
店と、残っているバイトを守らなきゃ……！　と、バイトの立場で店長になることを決めた。若干ハタチ。

二丁目で過ごす時間はあったかい。だってみんな”仲間”だから。良き理解者ばかり。キレイな飲み方だって教えてくれた。

イベントやバーでで女の子と知り合って縁があれば付き合うし、彼女がいなくても二丁目は居心地がイイ。

ただ、何年か通ってふと思った。
「俺、男として生きるって決めたのに。理解者しかいないこの場所にずっといていいのか？　」

二丁目って、セクシュアル・マイノリティっていっても、LGBTのうちのLGBの人が多い。
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルは、“どういう人を恋愛対象にするか”のマイノリティ。
トランスジェンダーは、“自分自身の性別、性自認に関して”のマイノリティ。

俺は、女の体で生まれちゃったけど男。
そして、男として生きて女の子を恋愛対象にする。
二丁目では、女の子とは出逢える。
だけど、俺を男として見て付き合ってくれる女の子とは出逢えないんだ。

仕事と吹奏楽以外で、いわゆる“フツーの人”と接する機会とかなくて。
だけど、男として生きようとする俺が二丁目に通い続けるのは、違うのかもしれない。

はじめたばかりのSNSのコミュニティ検索で“高橋歩”って打ち込んだ。
超おもしろそうなコミュニティが見つかった。
「でも、名古屋かぁ……。難しいかなぁ？　」と思って少し躊躇してたら、東京に来るって言ってる。会ってみよう……と決めた。
　二丁目以外の人に会うのが怖かった。なんとも言えない緊張感……。

だから、ほとんどしゃべれなかった……。
だけど、みんなめっちゃイイ奴らだった。
俺がオナベだとかフリーターだとか関係なく、“仲間”として迎えてくれた。

ずっと東京で生きてきた俺だけど、その縁で名古屋のイベントを手伝いに行ったり、全国を飛び回ったりするようになった。交友範囲が一気に広がった。

俺の知った“フツーの社会”は、思っていたより、ずっとあったかいものだった。

注釈
※オナベ：女性の身体で生まれたが、自分の身体の性別に違和感を抱き、男性で生きてゆきたい人のこと。FtM（Female to Male）トランスジェンダー（内、医療行為を必要とするなどで「性同一性障害」という診断名を持つ人も）。本記事では、本人の希望で「オナベ」という表記にて統一。
※二丁目：新宿二丁目。昔からLGBTの人々が集まる街。小さなバーやクラブがあり、ショーなどを楽しむこともできる。