浜松幸 Episode4:“男らしさ”から“俺らしさ”へ | KeyPage(キーページ):起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

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正式な改名を経て、思い描く“男”像に大きく近づいた。

次に浮かんだのは、胸の手術だった。
もっと胸を張って男として生きたい。

よし、胸を取ろう……。

もともと巨乳だから、ナベシャツで胸を潰す毎日だった。
Tシャツ一枚で屋外を堂々と歩くのがずっと夢だった。

手術は硬膜外麻酔だから、万が一を考えて、遺書みたいなのを書いた。たくさんの感謝を綴った。
カメラマンの友人に手術中の撮影もお願いした。

オペがはじまる。
効かない麻酔。眩しいライト。上半身だけ北極にいるみたいな感覚。
「大丈夫かな……目が冷めたらどうなってるんだろう……? 」

知らない間に眠りにつき、気づいたら無事に全部終わっていた。

平らな胸。狭い部屋で待ってくれていた友人たち。
姉も駆けつけてくれて、助けられながら病院を後にした。

想像以上の負担が身体に掛かっていたみたいで、直後は食事するのも、腕を持ち上げるのも一苦労だった。だけど、元気な顔を一日も早くみんなに見せたくて、オペの4日後の日曜には店に立って仕事した。

1ヶ月後、素肌にTシャツっていう格好で歩いてみた。

肌に直接Tシャツが触れる。自分を押し付けるものはなにもない状態。そんな当たり前の格好で、歩いた。ただ、それだけ。

ただ、それだけなのに、涙が出た。

オペを機会に居酒屋の仕事を辞めてた。
その後、住んでいるシェアハウスの友人の紹介でセミナー会社に勤めたり、ミュージカルに出演したり。

ミュージカルの合宿ではお風呂とか部屋割りとかで迷惑掛けるかな、とも思ったけど、「一緒に考えようよ」って言ってもらった。
絶対に取れると思った役がもらえなくて泣いた時も、「俺にしかできない事を」って奮起して、200人以上友人を呼んだ。

団体のみんなには「幸みたいな人が来てくれたのは初めてだから、団体としてもホントよかった」って言われ、
LGBTのみんなには「フツーの人に混じって舞台に出るとか、すごい」って言われた。

そうか、俺はみんなの光になれるのか……。そんな風に思いはじめた。

ミュージカルでの充実感が増せば増すほど、会社での違和感が増してくる。
いろいろあって、会社や社長への不信感が大きくなっていて。出社する前に吐いたこともある。
会社関連で、シェアハウスから急に出なきゃいけなくなったり、100万近い借金を背負うことになったり。

こうした諸々がうつの始まり。

そんな時にミュージカルの海外公演でタイに行った。
タイ! 南国! ゆるい! 開放的!

タイでの時間が、自分と向き合う大きなキッカケになった。自分の生きたいように生きるって決めたじゃないか!
自分自身に課していた無意識の制約に気づいて、会社を辞めた。

傷病手当金を受け取ったり、友人たちに助けてもらったりしての生活。
そんな、三十路オナベ、ウツ、ニートなときにも関わらず彼女が出来た。
「わたし、子どもできないんだ」と言う彼女に、運命を感じた。

子どもの産めない彼女。子どもを産ませてあげられない俺。
この子とだったら、この先もずっと生きていけるのかも。

と思ったその矢先。すれ違いから、フラれた。
「もう結婚とか考えんのやめよう! 一生若い子と遊ぶしかない!! 」


なんて手放したら、ふっと縁がやってくるのか。
もともとミュージカルとかで顔見知りだった美樹と付き合うことになった。

最初は俺を怖がっていたという美樹。
いろんな共通点もあって付き合うようになったんだけど、彼女はそれまでのどんな女の子とも違っていた。

彼女が子どもを全然欲しがっていないことで、気持ちが楽になった面もあったけど。それ以上に“男”とか“女”とか“オナベ”とかじゃなくて“幸”という人間として見られている。

そう感じられることが大きかった。
「いつかはフラれる」っていうのもまったく思わなかった。

「“戸籍上男”っていう人と付き合ってきたけど、幸と変わんないよ」
「違いがあるとしたら、オナベだからじゃなくて、幸だからでしょ。幸にも、女々しいとこもあるけど、戸籍上男でも女々しい人は女々しいし」

ずっと、男より男らしくありたいと思って生きてきた。
男よりモテて、男より稼いで、若いうちから店長とかやって。男より気遣いできて、男より……。

そんな俺の自分自身への制約は、美樹との時間でどんどん消えていった。
“男らしく”より、“自分らしく”生きたいと思うようになった。

自分らしく、美樹と笑って生きていきたい。
縁側でニコニコ笑っているおじいちゃんになって、おばあちゃんになった美樹を見つめていたい。

だから、美樹の誕生日にサプライズパーティをやろうと企んだ。下北沢のライブハウスを貸切!

手品にはじまり、トークライブに音楽。大勢の仲間が美樹の誕生日を祝福してくれる。
パーティーの最後にはサプライズのプロポーズ。よく行く、下北のお店の、いいなぁ〜って一緒に眺めてた指輪をこっそり買っておいた。


始終泣いている美樹に椅子に座ってもらって、BGMは「空も飛べるはず」のオルゴール版。俺も泣いちゃうかもなぁと思って手紙を読み上げる形にした。

目の前の美樹も、周りのみんなも泣いてる。やさしくて、あったかい涙だ。
手紙を読み終えて、見守られるなか指輪の箱パカっと開く。

「おおおおおおおおおおお!!!!! 」

みんなの声に掻き消されたけど、「結婚してください」ってプロポーズした。
美樹にだけ、ちゃんと届いた大切な言葉。

そしたら、今度は仲間からのサプライズ。
渋谷区のパートナーシップ証明書と同じものを書家の友人が書いてくれて、みんなが証人になります!って……。

まいったな。
こんなに幸せでいいのかな。

人生で、もっとも幸せな日が更新された。

その日から、俺たちは夫婦として暮らしている。

戸籍の性別は女のままだから、法的な結婚はしていない。
渋谷区民でもないから、パートナーシップ証明が取れたわけでもない。

戸籍の変更は、定期的なホルモン治療や子宮の手術など、お金も時間もかかるから、あんまりやる気がない。

だって、そこまでして法的に結婚することに、美樹も俺も価値を見出していない。
そんなお金は美樹との想い出を増やすことに使いたい。
俺たちの関係性は国とか区とかそういう制度じゃなくて、俺たちの気持ちと、俺たちの仲間が証明してくれる。それが俺の生きる世界。

男であることとか、どう生きるべきだとか、結婚とか。
自分で自分を縛る制約からすっかり解放されたいま、やっぱり同じように“俺”という個人を見てくれる会社に夫婦揃って勤めている。

パートナーシップも、仕事も。
自分が自分を縛ることをやめたら、最善のものがやってきた。

気づいたら「オナベの幸です」とも言わなくなっていた。
俺はオナベでよかったけど、オナベであることが俺のアイデンティティじゃない。いまは、そう思える。

ロールモデルがなすぎて、自分なりの道をがむしゃらに進んできた。
自分で自分を苦しめた時期もあった。

でも、もうそんなコトしなくていい。
“男らしさ”から自由になって、俺は飾ることなく、俺らしく美樹と生きていく。

これが、俺の生きていくKeyPage。

注釈
※オナベ:女性の身体で生まれたが、自分の身体の性別に違和感を抱き、男性で生きてゆきたい人のこと。FtM(Female to Male)トランスジェンダー(内、医療行為を必要とするなどで「性同一性障害」という診断名を持つ人も)。本記事では、本人の希望で「オナベ」という表記にて統一。
※二丁目:新宿二丁目。昔からLGBTの人々が集まる街。小さなバーやクラブがあり、ショーなどを楽しむこともできる。

掲載日:2019年04月26日(金)

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株式会社シンカ マーケティング部 部長代理、NPO法人コモンビート 広報

浜松幸(はままつ こう)

女性の身体で生まれたものの、自分の身体の性別に違和感を抱いていた浜松幸さん。“本当の自分”に気づいてゆき、自身が“男性”であると認識、「幸」という新しい人生を生きてゆくさまを振り返りました。

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