過去の栄光に囚われると、人は前に進むより守りに入ってしまう。僕はそのパターンを地で行った。
高2であの表彰台に上がった時から、精神的に、僕は前に進めなくなったのかもしれない。
とにかくタイムが伸びなくなった。どうして?毎日こんなに練習しているのに。何をどうすればいいんだよ?
女の子と遊ぶ時間は楽しくても、努力しても結果に結びつかない部活の苦しさは軽くならなかった。
高校に入ってチャラ男のあいつに女の子のことを教わってからずっと、女の子との時間と水泳とは両立してこれたのに、ここに来て僕のなかの比重が変わった。
女の子との時間に走ったのだ。控え目に言って、グレたというやつだと思う。
それでもだらだらと続けていた部活がもうどうにも続けられなくなった。
高3のインターハイを控えたある日、僕は部活を途中で打ち切って逃げようとした。コーチはそれを見逃さなかった。
「安彦、もう来なくていい」
「わかりました」
やっとやめられる。スランプで苦しくて苦しくて逃げたくて仕方なかった水泳が、やっとやめられる。
売り言葉に買い言葉でもあったけれど、本音には違いなかった。
やっと解放された。やっと、やっと………。
2週間経った。女の子と遊んで帰宅すると、母さんが起きて僕を待っていた。なんとなく、避けてはいけない雰囲気を察した。
「大地。コーチから聴いてるけど、まだ練習に戻ってないのね?」
夜遅くまで話した。
どんなに練習を重ねてもまったく報われない悔しさ、なまじ全国3位の表彰台など経験したのちのスランプのつらさをぶちまけた。
母さんは、僕が表彰台に上った時に泣くほど喜んでくれた。僕だってそれを知らないわけじゃない。だけど……。
「お願い。インハイまでは続けて。インハイをけじめにしよう。ねえ、大地」
「母さん」
もう眠かった。打ち切りたかった。
「もうやめてくれよ。僕だってもう、やって………」
僕は、言葉を飲み込んだ。
振り切って部屋に入ろうとした時、見ないようにしていた母さんの涙目を真正面から見てしまったのだ。
「お願いだから。3年最後の夏のインターハイまでは……」
僕の朝練に合わせて4時起きで毎朝弁当を作ってくれたのは、母さんだった。
ここまでの学費を払ってくれたのは両親だった。
その両親に、僕はこれまで何をしてきただろう。
唐突に、そんなおもいが突き上げてきた。
僕は、頷くことしかできなかった。もう、母さんにこんなおもいはさせたくなかった。
「わかった。インターハイまでは」
僕は母さんの望みどおり水泳に戻った。
インターハイまで練習を続けたものの本番では記録の伸ばせなかった僕は、そうして水泳の世界から去った。
掲載日:2017年10月13日(金)
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安彦大地(あびこ だいち)
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