弟の病気は、前よりは落ち着いてきた。
お医者さまやヘルパーさんが来てくれて、弟の家での生活を助けてくれる。家族みんなで過ごせる時間が増えた。
みんなでご飯を食べたり、お出掛けをしたり。何気ない毎日がしあわせ。
弟は、自分で歩くこともしゃべることもできないけど。ニコッと笑ったり、感情を表したりする。
私たち家族も、ヘルパーさんも、周りの誰も彼も……弟が笑うとうれしくなる。
笑顔ってすごいな。
そういえば、言葉の通じないアメリカでも、あたしやお友達は笑顔でつながって遊んでいたんだ。
言葉を発するコトができなくても、弟はこうやって笑顔であたしたちにしあわせをくれる。
そんなあたしが釘付けになったのは、紅白歌合戦のオリンピック選手の紹介の場面だ。
キラキラ輝く選手を紹介する音楽に合わせて……とってもステキな笑顔のお姉さんたちが、踊っている。
踊るだけじゃない。お姉さんの上にお姉さんが乗ったり、ジャンプしたり、宙返りしたり……
そんなすごいコトをしながら、お姉さんたちはとびっきりの笑顔なんだ!!!
「何だ、これ!? すごい!!!!! 」
チアリーディングっていうそれを、あたしもおっきくなったらやろう。
弟があたしに教えてくれた、笑顔のチカラ。あたしも、笑顔で人に勇気や元気を届ける存在になりたい!!
小学4年生になった。あたしのクラスに転校生がやってきた。ちっちゃな男の子だ。
小学校に上がってから、ちょっと内気になっていたあたし。
人前にも立たないし目立つこともないあたしに向かって、
「やーい! ブタ、ブタ!! 」
その男の子はそんな悪口を言い始めた。
なんでそんな、人を傷つけるようなコト言うんだろう。なんであたし、そんなコト言われなきゃいけないんだろう。
お友達や先生に相談することもできず、メソメソ泣いて、1ヶ月くらい経ったある日。
「待て。なんであたしが、あんなヤツのために悩まなきゃいけないの? 」
あたしのなかの何かに火がついた。
そんな理不尽に泣くしかできない自分が歯がゆい。
あたしも、誰も、もちろんその転校生も、誰かにとっての大切な存在、かけがえのない存在であるはず。
そんな人の心を、傷つけていいワケがない。傷つけられるがままにして泣くだけだったあたしも、間違っている。
「あたしが、あたしのために、ちゃんとしなきゃ」
そう思い立った1週間後、学年集会があった。
その集会が終わって解散しようとする時、あたしはみんなの前に出て、その子を呼びつけた。
「お前があたしに今日までやってきたコト! いまこの場で土下座して謝れ!!! 」
その子は、土下座した。泣きながら土下座してあたしに謝った。
その姿を見下ろすあたしの心には、さわやかな風が吹き抜けていった。
「……勝った。あたしにもできた。できたんだ」
人前に出るどころか、大勢の前で自分の気持ちや要求を表現すること。
自分のために行動すること。
ドキドキしたけど。怖いっていう気持ちも、あったけど。
でも、できた。ちゃんとできた。
「あたしにできないコトはないんだ」
家族の愛に育まれてきたあたしの心。そこに、“あたし自身”という味方がさらに加わった。
どんなに怖い事でも、苦手な事でも、あたしがあたしを信じていればちゃんとできるんだ。
その日から、あたしは人前に出るのが苦じゃなくなった。気持ちや意見を言うこともできるようになった。
お友達を作ったり、お友達と過ごしたりするのは、前と変わらず大好きで。
愛にあふれた家族と、誰より力強い弟と暮らしながら、あたしは日々を過ごしていった。
高校ではバトン部に入って、大学ではもちろんチアリーディングをして。
チア部と合コンに励みながら、充実したキャンパスライフを過ごしている。明るくて外交的な性格は誰もが認めるところだ。
リーマンショック後なので大変な就活ではあったけど。
大手企業の試験をいくつか受け、とある金融機関への就職を決めた。
「これで、私の人生バラ色だわ! 」
きっとこの会社の先輩か同僚と結婚して、育休をもらいながら子育てして、定年まで勤めるんだ。
人は大好きでもモノや観光には興味のない私。旅行はそんなに好きじゃない。
卒業旅行でオーストラリアやハワイに行こうと誘われても、「興味ないよー。お金掛かるし」と断ってきたんだけど。
4年間チア部で切磋琢磨してきた同期がサイパンに行こうと言い出した。
さすがに、それを断るほどKYじゃない。
なんといっても、人の好きな私。彼女らと行くなら、サイパンだってどこだって楽しいに決まっている。
とはいえ、正直、「国内の温泉でイイじゃん。海なら八景島にあるよー」とは思ったけど。
サイパンへの興味はあまりなかったんだけど。往復チケットとホテルを取り、仲間と4泊5日の旅行に出た。
大学卒業を目前にした3月のことだった。
掲載日:2018年09月21日(金)
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