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キッカケインタビュー

すべての人に価値がある。 占い師が伝えたい“今を生きる”メッセージ。

琴羽夏海(ことは なつみ)

ポジティブ・リーダー占い師

この鍵人のコンテンツ:

キッカケ記事

いま何やってるの?
「いま、ここから幸せになる」をコンセプトに、自信を持って幸せな未来を歩んでゆくための占いを、タロット、数秘術を専門として提供。当たる当たらないの占いではなくお客様自身が自立して未来を作ってゆく占いを広めるべく、占い師の育成や業界のイメージ変革にも力を入れている。*ポジティブ・リーダーとは占いを前向きに読み、お客様に進む勇気を与える読み手のことである。

自信を持つための占い、いまここから幸せに生きる占い。そんな占いを提供する琴羽夏海さんは昔、自信が持てず何事も長続きしないことを苦にしていたのでした。琴羽さんが現在のような活動を始めたきっかけとは?

キッカケ①:私の存在価値って?

「お父さんは、もう帰って来ないから」
お母さんのその言葉を、私はあっさり受け入れた。

もともとお父さんはあまり家にいなかった。
たんしんふにん、とかいうらしい。家にお父さんがいないことをたんしんふにんって言うのかな。

9歳。小学校は楽しい。
私は絵を描くのが好きで、漫画を描いてお友達に見せると「すごい」ってほめられたり喜ばれたりする。
漫画家になりたい、って思うようになった。

もともとお父さんのいなかった生活。そんなに大きく変わったわけじゃない。
たまに帰って来てかわいがってくれるお父さんがまったく帰って来ないとなると、
ちょっとさみしいなとは思ったけれど。生活に大きく関わるコトじゃなかった。
どこかでお父さんは離れても自分を愛してくれているんだという自信があったのだ。


もともとお母さんは私や弟を厳しく育ててきた。
お父さんが帰って来ないって言われたころから、お母さんはなんだか忙しくなったみたいで、
お母さんにほめられるということ自体もともと少なかったけれど、それ以降ほとんどなくなった。
勉強も得意じゃない、運動もできない、だから私はほめられないんだ。仕方ない。
特別な何かがなければ、ほめられないし構ってもらえないのも仕方ないよ。

絵が好きで、好きな漫画を描いてお友達に「すごい」って言われるのがうれしかった。
夏海ちゃんはここにいていい、漫画が描けるからここにいていい、って言われているみたいだった。



それから何事もなく大きく成長した私に、
お父さんとお母さんが離婚したという事実を改めて認識する事が起きた。
成長してはじめて“離婚”の意味を知った私。ショッキングだった。
大好きだったお父さんの記憶がその瞬間曇った。
大嫌いになった。ゆるせなかった。

私は、お父さんに捨てられたのだ。
私は、お父さんに愛されていなかったのだ。

お父さんに愛されていなかった私の存在価値って、いったい何なのだろう。

キッカケ②:人は、いつか死ぬ。それは突然やってくる。

「今日も世話になるねえ。あなたの笑顔を見ると元気になるねぇ」

私の顔を覚えてくれたおじいちゃんやおばあちゃんは、病院でにこにこと私に話し掛けてくれる。
眼科の検査員として就職し、必要とされる喜びを感じながら働いていた。


一度高校を中退し、定時制高校を出て、デザインの専門学校を出て、就職をして、……でも長続きしなくて。
接客が好きで人の役に立ちたいというおもいで、紆余曲折を経て医療業界に入った。

好きな仕事だとは思っていた。
ただ、検査や患者さんとのやり取りがどんなに楽しくてやりがいがあっても、最終的な決定権はドクターにある。
もっと自分の力で人の役に立ちたいというおもいが漠然と目覚め始めていた。

たまに、別の病院からヘルプのスタッフの来られることがあった。
そのなかのひとりに、親しみやすくにこやかで親身に話を聴いてくれる男性がいた。
自信にあふれ、心からこの仕事を愛し、それに夢中で取り組むそのお兄さんの仕事ぶり。
それはもちろんステキだった。けれども、その対比としての自分の姿が際立って感じられた。

「この人にとってのこの仕事のように、私にとって一生夢中で取り組める仕事って、何だろう」

面倒見の好いお兄さんだったので、そんな胸のうちも彼にだけは話していた。
悩みを彼に話しながら、私には、
自分ひとりでは見えなかった自分自身の心の葛藤や望みの輪郭が少しずつ見えてくるようになった。

人は、自分ひとりで自分を知るように出来てはいない。
自分とは異なる他人を見て自分の得手不得手や現在地を知ったり、
他人に心のうちを話してみることで心の望みを知ったりするのかもしれない。

この人と話していると、私にも自分のことがもっともっとわかる気がした。


私に私のかけらを見せてくれたそのお兄さんは、ある日突然亡くなった。
部屋で倒れているのが見つかったのだ。私の人生に救いを見出した矢先に起きた突然の出来事だった。
ショックを隠せなかった。私は最後に「お疲れ様」も言えなかったのだ。

人は、いつか必ず死ぬ。それがいつかはわからない。
うんと先かもしれない。今日明日かもしれない。それはわからないのだ。

「好きな事がしたい」と悩んでいられる時間。そして、好きな事をする時間。
それは、長くはないのかもしれない。
ショックから時間を掛けて立ち直りながら、
私は、好きな事をして生きるということを真剣に考え始めていた。

キッカケ③:誰かに貢献できる自分だけの力を。

単純だった私は転職するには特別な何かが必要だと思った。
そう、資格だ。資格雑誌を開いてピンと来たものを片っ端から受講したり体験受講したりし始めた。
本当に好きな事やしたい事を見つけるにも、経験してみなければわからない。
料理を学んだり、英会話を学んだり、知り合いのモデル経験から無謀にもタレントのオーディションを受けては落ちたりして。

そんななかに、占いを学ぶ講座の体験教室の案内があった。
体験教室だし……。恐る恐る向かった先は、吉祥寺にある薄暗い地下の部屋。
“魔道士”を名乗る50代ぐらいの黒づくめのおじさんが、そこで私を迎えてくれた。

「占いっていうのは、お客さんを自立させ、成長させるためのツールなんだよ」
お客さんの未来を決めつけたり恐怖心を煽ったりすることで依存させてリピートさせる占い師とは異なり、
お客さんの現在地、お客さん自身をともに見出し未来を作ってゆくことをサポートする占い師、そして占いの在り方。
そんな事を語ってくれるおじさんに自分の元来の自信のなさを話すと、

「占いは自由です。人を選びません。いい占い師になる方法を教えてあげましょう。
それは……占いを心から楽しむことです」


そこから、平日に病院で働き土日に占い教室に通う生活が始まった。
自信がなかったので職場でも占いのことは話さなかったし、しばらくは母にも土日の外出先を話さなかった。
女手ひとつで私たち姉弟を育ててきた母に、高校も中退したしいくつかの職場も長続きしなかった私は
「どうせ長続きしないんだから」と言われ慣れていたから、言う必要もないと思っていた。

1年間教室に通い、無事卒業。
そのころには友人たちには占いのことが話せるようになり、せっかくだからと無料で占いをするようになった。
すると、友人たちからの紹介がまた紹介を呼び、口コミとリピートで広がってゆくことに。
もらいものをしたり、カフェでお茶をご馳走になったりすることが増え、
なかには進んでお金を封筒に包んで持って来てくださる方もいた。

「とってもよかった」
「あれがなかったらいまでもきっと迷ってたよ」
「あれが人生の転機になったの。ありがとう」

そんな言葉が掛けてもらえるようになり、いつしか自信へと変わっていった。


ずっと、飛び抜けてこれが得意だと堂々と言えるものがなかった。
これであなたの力になれます、と言えるものがなかった。

漫画は、しょせんクラス内で描いてほめられる程度だった。
デザインの勉強もしたけれど、それで勝負できるほどの力は得られなかった。
何の才能も特技も、学歴さえもなかった。

ずっと探し続けてきた。必要としてもらえる感覚、自分自身の力で誰かに貢献できる何か。

きっとこれなんだ。
ようやくそう思えるようになったころ、気づけば私は30歳になっていた。

キッカケ④:何歳からでも、誰に何を言われても、人生はまたここから始められる。

「30にもなって、結婚も出産もしていない負け組なのに、好きな事を追い掛けるなんて」

「占い師になって独立したい」という私の決意を母は無残にもこう言い捨てた。

30歳。女性として生きていればいろいろな事を考える年齢だ。
周りの女友達は結婚したり出産したりしている。
それでなくても、しっかりした企業に勤めて良いお給料をもらって。
「30歳で転職はイイけれど、……占い師?本当に?」と、本音を言えばまだ迷いはあった。

でも、それでも負けたくなかった。悔しい。涙が止まらない。
高校も中退、バイトも就職も何ひとつ長続きせず、責任ある事からすべて逃げてきた。
もう逃げたくない。諦めたくない。
お兄さんが命を懸けて教えてくれた事。生きることも、好きな事をすることも、永遠にできるわけではない。
もし明日が最後なら、何ひとつ後悔しない人生を送りたい。

けれども、好きな事を見つけて続けても、もちろんいい事ばかりだけではない。

ふとしたお客さんとのトラブルで、それまでにない挫折を味わったこともあった。
今度こそ……人生の使命が見つかったと思ったのに、占いに関わるのが怖くなった。
出展を約束していた友人主催のイベントを最後に占い師は辞めよう。そう臨んだ時……。
そこで関わったたくさんのお客様の感謝と喜びの顔にかつてない感動を味わった。
「そうだ。この瞬間のために私は占い師になったんだ」
忘れかけていたものを掴み直し、もう一度占い師として進みたい。そう心から思えた。

本当に時間が掛かったけれど、副業としてではなく占い師一本で生活するようになって、しばらくになる。
雑誌やテレビの取材も増えてきた。
ある大手週刊誌に取材された時のこと。母は、その雑誌を2冊買ったという。

「お母さんが、私を応援してくれる……!!!」
いまでも口では厳しい事ばかり言うのだけど、本当は認めてくれていることを感じている。


占いとは、その人本来の特性や現在地を知り、未来を切り拓いてゆくツール。
人にはそれぞれ個性がある。得意な事も不得意な事もある。生い立ちも経験も様々。
その個性を活かして生きることが今世の使命であり、幸せに生きるということ。無駄などひとつもない。

青く見える隣の芝生をうらやむのではなく、
青く見えない自分の芝生を嘆いたり責めたり必死で補おうとしたりするのではなく。

生まれた家、時代、場所、生い立ち、得手不得手も経験もすべて、
今世で使命を果たし幸せに生きるために必要不可欠なパズルのピース。
そんな納得感を持ってもらい、いまこの場所から前向きに人生を切り拓こうと切り替えてもらうために、
占いというものがひとつのツールとして広く社会に浸透することを願っている。
そのための業界のイメージアップや占い師の育成にもいま力を入れている。

特別でなければ愛されないと思い込んだ子ども時代。
必要とされる感覚を求めて試行錯誤した時期。

特別でなくても、本当は私は愛される。特別何かができなくても、私は尊い存在だった。
ただ、誰かのために特別役に立てる技術を持っていること、それはそれですばらしい事だった。
特別になりたくて得ようとした占いという技術が、
特別でなくてもすべてがふさわしく尊いのだと私自身に気づかせてくれた。
何かができるから持てる自信ではなく、私という存在そのものに根ざした誇りや自信を持たせてくれた。

いま悩んでいる事。理不尽に思える経験。なかった事にしたい記憶。理想に対して色あせて見える現実。
すべて、無駄ではない。すべてにふさわしい意味がある。
そして、人生はいまこの瞬間から選択し直してゆける。いくつになっていても、周りの誰に何を言われても。

自信が持てず、たくさん悩んですべてから逃げてきた過去の私に、そう伝えたい。
そしていま目の前にそんな人がいたら、私は心からメッセージを届けたい。
私にも見つけられた私らしさ、そして今世での使命が、あなたにも必ず見つけられるから。


すべての人に価値がある。
これが、私の伝えたいKeyPageです。

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掲載日:2017年09月29日(金)

鍵人No.0079

琴羽夏海(ことは なつみ)

東京都出身。デザイン、アパレル業界を経て医療業界に就職。7年間医療業界に関わったのち占い師業を始め、じき独立。「週刊プレイボーイ」掲載や「お願い!ランキングチャンネル(AbemaTV)」出演など、メディアへの露出も多数。

HP心のリセットサロン「Fool」
https://1lovehappiness.amebaownd.com/

ブログ「いま、ここから幸せになる」
http://1lovehappines.hatenablog.com/

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