痛い。辛い。苦しい。
布団の中から天井を見てる。体中が痛くて熱い。お腹がパンパンになって苦しい。腕に針が刺さって気持ち悪い。家に帰りたい。幼稚園でみんなと遊びたい。
僕は病気で病院にいなきゃいけない。「じんぞう」ってところが悪いみたい。
「なんて病気なの?」
父さんも母さんもわからない。お医者さんもわからない。色んな大人が僕を見に来ては難しい話をしている。僕の病気は、今まで誰もかかったことのない珍しい病気なんだって。
昼は母さん、夜は父さんが見舞いに来てくれる。母さんと父さんのにおいがすると落ち着く。病室には僕と同じくらいの友達もいるから、おしゃべりしたり遊んだりした。楽しいけど、痛くて辛くて苦しいの変わらない。
いつになったら家に帰れるの?いつになったら痛いのなくなるの?
ある日、僕は父さんと母さんに連れられて、ある人と会いに行った。
知らないおばあちゃん。「きくちせんせい」っていうんだって。
「そこの布団に横になって」
せんせいは僕の身体のあちこちを触れてみたり、揺らしたり、骨を鳴らしたりした。ひたすら、足の先から頭まで。
てっきり、何かすごい手術をするのかと思ってた僕は拍子抜けした。すっごい痛かったけどね。
なんでこんなことするんだろう、こんなので治るの?
病院に戻ってしばらくして、またせんせいのとこに行った。
「また痛いことするの?もうやだよ……」
ところが、せんせいが僕の身体をあれこれしていると、だんだん気持ちよくなってきて、いつの間にか眠っていた。
目が覚めると、せんせいと母さん、父さんがベッドの横で何か話している。
あれ?
頭が軽い。景色がはっきりする。地面に足がちゃんとついている。身体がだるくない。何か食べたい。
僕をずっと苦しめていた痛みはまるで最初からなかったように消えていた。
両親の声、風の音、自分の身体の温もり……そんな、当たり前の感覚が戻っていた。
「どうやって治したんですか」
思わずせんせいに聞いた。
「私が治したんじゃなくて、あなたの生きようとする力を引き出すお手伝いをしたの。それだけよ」
小さなおばあちゃんがからからと笑った。
身体が成長していくたびに症状がぶりかえしたけど、そのたびに先生が治してくれた。中学3年になった今、僕はあの原因不明の痛みに悩まされることはなくなった。
あの痛みが消えたとき、幼い僕は直感したんだ。
僕は”生かされた”んだと。
病気に苦しんで、生きているって感覚を失っていた僕にとって、まさに奇跡だった。声や表情に嫌味がなくて、謙虚で、懐が深くて、まるで仏さまみたいな人。
先生みたいになりたい。僕のように苦しんでいる人の力になりたい。先生に生かされた命をそのために使いたい。そう思うようになっていた。
授業で「将来の夢」を作文にすることになった。僕の将来の夢はもちろん決まっている。
「僕を救ってくれた菊池先生にみたいになる!」
先生は僕の作文を気に入ってくれたみたいで、クラスで発表することに。
「大人になったら先生の元で働かせください」
先生は、
「考えておくわよ」
と、いつものように笑った。