「ふざけんじゃねぇ! 死ね!」
留守電には、そんな言葉が入っていた。専門学校の同級生からだ。今日は大事なプロジェクトを発表する日なのに、ぼくは遅刻しているんだから、当たり前だ。
これで何度目だろう。起きなければいけないとわかっていても、起きられない。遅刻したとわかると、スマホを手にとる気力すらなくなる。小学校のときから同じことのくり返しで、遅刻する度に信頼を失ってきた。
遅刻グセのせいで、心ない言葉をかけられたことは他にもある。ぼくと話していた友人に、近くを通りかかった奴がこう言うんだ。
「なあ、お前、そんないつ学校を辞めるかもわかんないような奴と話してても、時間のムダじゃね?」
怒りが湧いてくる。でも、言い返せない。悔しかった。拳を握りしめて、
「絶対にやめないからな」
と誓った。
幼い頃から遅刻をくり返し、色々なものから逃げてきた。小学校のときには剣道を始めたけどすぐに辞めた。そろばんもやってみたけど、続かなかった。学校ではいじめられて、浦島太郎の亀のマネをさせられたこともあった。
そんなぼくだけど、逃げたくないものがひとつだけあった。それは、料理だ。だからこそ、専門学校だけは、なんとしても卒業してやるという気持ちで通った。死に物狂いで講義を受けて、卒業まで半年というところまできた。
「やっと卒業できる」
そう思ったのもつかの間。インターンシップをさせてもらったレストランで、また遅刻をしてしまった。インターン先から学校に苦情の電話がきて、母親にも報告された。今までは親には黙っていたけど、今回は逃げられなかった。実家から母が謝罪に来たほどだ。
この話は当然叔母の耳にも入る。彼女は家族のなかでも力を持っていた人で、ぼくがインターン先で遅刻したことを聞いて激怒した。学校を辞めさせるということになり、実家に強制的に連れ戻されることになったんだ。
「あと半年だから、卒業させてくれ!頼む!」
泣きながらお願いしたけれど、無駄だった。ぼくは学生ローンで借金をしていて、それも家族に知られてしまっていたのだ。借金の額を小さく報告してごまかそうとしたけど、それもばれた。強制的に退学させられた。悔しさよりも情けなさでいっぱいで、帰りの電車の中で号泣した。
実家のレストランで働くことになったけど、そこでも遅刻をくり返した。従業員から距離をおかれ、立場を失った。近所でも悪い噂がたった。
「あいつは社長の孫だから、甘やかされてるんじゃないか!?」
「東京でやらかして帰ってきたらしいぞ!」
そんなことを言われて、肩身が狭かった。一流の料理人になるつもりで上京したのに、思い描いていたのとは正反対の現実がそこにはあった。
とにかく何かをしなければ、自分の存在価値がなくなってしまいそうで、その後ボランティアなどにも取り組んでみるが、どれも続かず、すぐに辞めた。
再び東京に行くことになり、フリーターとして生活を始めた。一人暮らしになると遅刻グセが悪化して、どの仕事も続かなかった。
こんなことを書くと、ぼくはただやる気のないヤツだと思われるかもしれない。実際、周囲の人間はそう思っていただろう。
本を読んだりネットで検索したりして遅刻グセを治そうとしたけど、うまくいかない。
でも、ぼくはやる気はあったし、世界一の料理人になるという夢だってあったのだ。実家のレストランを継ぐ。それも目標だった。
それでも一向に治らない遅刻。失われていく信頼。なぜこんなにも遅刻してしまうのか。
それは、後に出会うことになる睡眠の専門家に「睡眠障害」と診断されたのだ。
「なんなんだよ、そういうことかよ。病気だったのかよ……」
睡眠障害という自分の人生を呪った反面、なぜか、「今までのことは病気のせいだったのだ」と、実態のないものに責任転嫁し、安堵している自分も確かにそこにはいた。
掲載日:2018年10月05日(金)
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