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キッカケインタビュー

親友の死を乗り越えて…ダメ人間でも夢を掴める事を証明したキッカケ

関真志(せきまさし)

株式会社BeCome
代表取締役

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いま何やってるの?
福岡、山口、広島、大阪、東京、茨城を拠点に 株式会社BeComeを経営。 事業を通し、ビジネススキルや心の在り方を仲間と共に磨き、独立者、月収100万越えのスタッフを輩出。
資金、人脈、商材提供、経営コンサル、 仲間の夢応援の為に具体的なサポートを行う。

株式会社BeComeで、営業代行事業や人材教育などを行う関真志さん。地元で非行を繰り返していた彼を変えたのは、自分とは正反対の思いを持つ親友の突然の死の知らせだった。

キッカケ①:夢なんて…非行にはしる少年時代

僕が幼い頃、両親は夢を追いかけてコンビニエンスストアの経営をしていました。
毎日仕事が忙しく家族が揃うことはほとんどありませんでした。
幼い僕の唯一の望みは、ただ一緒に家族でご飯を食べること。
何気ない当たり前な毎日を望む、そんな寂しい子供時代を過ごしました。



それでも僕は、子供の為に働く両親を安心させるために一生懸命にスポーツや勉強を頑張りました。
親のためとはいえ、勉強もスポーツも、沢山のことを頑張っていた僕は周りに「まさし君って本当に凄いね!」と、もてはやされていました。

小学校3年生の時、突然転校生がやってきました。名前は「タカシ(仮名)」

ある日、タカシは僕にこう言いました。

「なぁ、お前って、なんでそんなに無理してるの?なんでそんなに頑張るの?」

親を安心させるために頑張っていることを見抜いた唯一の人でした。だからこそ彼とは気が合い、良き理解者として行動を共にするようになりました。

親のこと、受験の失敗、恋愛のショックなど、思春期らしい悩みを沢山経験し、高校生にあがった頃には、「もう誰かの為に頑張ることをしたくない。」と思うようになりました。

頑張らない自分。僕は高校を中退し非行にはしりました。沢山良くないことをやりました。
その生活はとても新鮮でしたが、代わりにこれまでの仲間がどんどん離れていきました。しかし、タカシだけは変わらずに僕の隣にいて、いつも優しく微笑んでくれました。

タカシが泊まりに来たある日、彼はこんな事を言いました。

「俺さ、夢があるんだ。農業の王様になりたい!日本の食料問題を解決したいんだ!!」

ワクワク未来への希望に満ちた表情で、将来の事を語ってくれました。

夢や、目標を語る人が大嫌いだった…前向きな人が大嫌いだった。
僕自身にそれがなかったからです。

「俺の前で夢とか語るのやめろよ!俺は人生に希望なんてないんだよ!」


そう吐き捨てる僕を見て、それでもタカシはいつもと変わらず優しく微笑むだけでした。

なぜかその姿を見て、僕は…タカシといると自分の暗い人生に少しずつ明かりが灯るような、そんな感覚になりました。

「自分に夢はないけれど、こいつの人生をずっと見ていたいな…」そんな思いにかられていきました。

キッカケ②:親友の死をこえて…


しかし…17歳の時に悲劇が襲います。

「タカシが…タカシが…」

突然、別の友人から電話がかかってきました。

「え?どうしたんだよ?」

「タカシが…死んじゃった…」

「は?冗談言うなよ!!!」

嗚咽で言葉にならない電話先の友人の声を聞き、それが冗談ではないことを僕は悟りました。身支度もしないまま家を飛び出し、タカシの家のドアを叩きました。


ウソだと思いたかった…
しかし、そこで知った事実に、僕はただただ愕然としました。
タカシが、交通事故で死んだ…

「なんでだよ…なぁタカシ…なんでお前みたいなキラキラした奴が死んで、お前の存在が迷惑だと煙たがられるような俺が生きてるんだよ…」

タカシを失うことは、自分自身の光を失うことと同じでした。
そのショックから引きこもり、再入学した高校も辞めました。
しかし、どんなに嘆いても彼が生き返るはずはなく。
ただ僕にできることは、自分自身のクソみたいな人生を、タカシが生きた証として照らせるようになりたかった。

「俺がお前の意思を継ぐ…」

彼の死から2年。19歳の頃、僕は、変わると決めました。

「俺も、タカシのように、誰かに光を灯すことのできる人になりたい。」

キッカケ③:変わるため環境を変えるしかなかった

親や、仲間、ここにいてはまた僕は甘えてしまう。意を決して僕は母に切り出しました。

「母さん…俺、茨城を出る。」

そうしてとある企業の期間従業員となり愛知県へ飛びました。

期間従業員は嫌というほど時間がありました。
それは同時に、自分と向き合う時間となりました。
その時に、ひすいこたろうさんの名言セラピーという本に書いている、ある言葉に出会いました。

『あなたがくだらないと思っている今日は、昨日亡くなった人がなんとかして生きたかった、なんとしてでも生きたかった今日なんです。』

『幸せは成るものじゃなくて気付くものなんだ』

この2つの言葉に出会った時、涙が止まらなくなりました。

タカシが死んでしまった辛い過去を引きずっていましたが、絶対に変わらないと思っていた自分の考え方がここまで変化したのは、まぎれもなくタカシのおかげでした。初めてタカシの死が意味をもった瞬間でした。それと同時に、命の重さや夢を持つことの大切さを知り、前向きに物事を捉えられるようになりました。

「自分の人生をもう一度やり直したい…」

そして僕は、更に一歩踏み出すために東京へと歩を進めたのです。

キッカケ④:紆余曲折の果てに掴んだ、変わることの理

東京に来たものの、変わりたいと思う自分と、思うように変わることのできない自分とが入り混じる時期が続きました。フリーターで仕事も転々としました。

やりたいことができ、昔の同級生に協力を求めても、誰も相手にしてくれず、自分の過去の過ちにただただ愕然としました。

東京で新たにできた友人を助けるために、自分にできることを精一杯しました。
デザイナーになりたいと夢を持つ友人に、デザイナーを紹介するために、SNSを使って片っ端から探しました。就活に悩んでいる友人を助ける為に、就活セミナーを探し、その主催者に会いに行きました。

僕はただ…誰かの役に立ちたかった。
タカシが生きていれば、きっとこうやって沢山の人に勇気を与えていただろうから。

そうやって自分自身の過去への精算と、未来への変化を求め、「若者維新」という会を結成しました。「人、夢、情報をつなぐ架け橋となってキラキラとした連鎖を起こす」という理念を掲げ始動しました。


「若者維新」を通じて、沢山の仲間が成長し、変化しては、旅立っていきまた一人になってしまい、自分のしていることの意味がわからなくなったこともありました。

就職活動も、学歴と職歴を理由に敬遠され、挫折。
そんな時に声をかけてくれた似た想いを持った先輩と事業を興しました。上手くいっていた時期もあれば、方針の違いに苦しみ、取締役として経営していたにもかかわらず役員降格通達を受け、納得出来ず退社する挫折も味わいました。

人生とは、刀を磨くことに似ています。刀を燃やして、叩いて、冷やして、の繰り返しで素晴らしい刀へと成長します。燃えるように上手くいくこともあれば、冷やされるように上手くいかないこともある、その繰り返しが素晴らしい人生を形作っていく。

沢山の出会いがあり、沢山の別れがあり、人に助けられたり、人に裏切られたりしながらも、紆余曲折を経て僕の人生はタカシの死をキッカケに価値のあるものに変わっていきました。
こんな自分でも変われたのだから、絶対誰だって変わることができる。

「なぁタカシ…俺、少しはお前に近づけたかな?」


見渡せば、昔の自分はもういない。
そしてそばには同じ夢に向かい進む沢山の仲間がいました。

親友の死を超えて、僕が夢を掴んだKeyPageなんだろう…

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掲載日:2017年06月16日(金)

鍵人No.0051

関真志(せきまさし)

地元の高校を二度中退し、通信制の高校を卒業後、ニート、フリーター、ホスト、夢応援団体の設立を経て起業。 3年で13店舗展開のカレー屋の立ち上げも経験し退職。 ヒッチハイクの旅後、再度起業。 東京のシェアハウスや広島のゲストハウスなど 仲間の夢へ資金を累計2,500万円以上支援。 今後、鳥取にて海の家、民宿の経営予定。東京にて夢応援人材派遣事業立ち上げ準備中。

株式会社ビカム(BeCome)HP
http://become-co.jp/

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