大畑亮介 Episode4:たったひとりの味方がいれば。 | KeyPage(キーページ):起業家の「人生を変えたキッカケ」を届けるメディア

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麹町駅の駅長室で出されたコーヒーはあったかかった。気持ちも少しずつ落ち着いてくる。

駅員さんによると、僕はあの場所に立って、電車を2、3本見送っていたらしい。
「何本も乗りもせずに線路を見ている人がいる」と通報があったとのこと。

促されるままにすべて話した。
ワケも分からず糾弾され、味方がいないと感じて……実際、いなかったから。だから、あの場所に立ってしまったこと。
起こった事も、胸のうちに渦巻く感情も、すべて話した。

「それ以外の事が考えられなくて、この世から消えてなくなりたいと思っていました。
 それでなくても大怪我をすれば、誰かに話を聴いてもらえる、同情してもらえると思ったんです。
 迷惑を掛けてごめんなさい」
「謝ることはないんですよ。おおごとになる前に声が掛けられて、いまこうして話ができて本当によかった。
 死んでも悲しむ人がひとりもいない人なんて、いないですから」
柔らかな、けれどもしっかりと芯の通った声で、駅員さんは言った。

「死んだら終わりですからね。人生一度きりですから」

目を合わせられずにいた僕は、はっと顔を上げた。

「死んだら、終わりです」

その後4年を掛けて、社内でトップ成績を取った。

朝7時から夜中の4時まで毎日働いた。
産前産後の妻に寄り添えず、家族を失った。電車内で倒れてパニック障害を発症した。

それでも、トップを取ろうと思った。
社内で僕と同じような状況にある人たちを救いたい。僕や、自死を選んだあいつのような人を、二度と出したくない。
そのためには発言力を得なきゃいけない……そのためには、社内で成績を上げなきゃいけない。

何を失っても……たったひとり、理解してくれた人がいたから。だからいまこの命はつながっている。

一度死にかけた人間が死ぬ気で食らいついたら、成果が出せた。
あの時僕を責めた人たちが掌を返すのを見た。

トップを取ったらやらせてやると約束されていた社内の改革は、けっきょくさせてもらえなかった。
家族と健康を犠牲にして成績を出しても、何も実現できなかった。犠牲にしたものだけが残った。
自分を犠牲にしたら、周りに影響する。僕の人生は僕ひとりのものじゃない。そう、感じた。

縁あって、35歳で転職した。人を大切にする社長さんだ。ここでならきっと、僕のしたかった事ができる。
新しい会社でも法人営業で大きな成果を上げた。

ただ、会社の事情で潰されてしまいそうな若い子を、こちらの会社でも見た。
上役全員を相手取って、前の会社で起きた事と僕の想いを話した。
「僕の給料を減らしてもいいから、彼らの話の聴ける環境を作りたい。もっと社員を大切にしてほしい」

成績は出していても入って2年目。出る杭は打たれた。

いま成績が良くなくても、マジメで、熱い想いを持った、可能性にあふれた人はたくさんいる。
そもそも、可能性のない人なんか絶対にいない。
そんなひとりひとりが、会社という組織のなかで潰れてしまう現実。

会社組織のなかで状況を改善しようとすること自体に、限界があるのかもしれない。
そこには利害関係があるから。個より優先すべきものがあるから。

それでも、組織の理屈で誰かの命や心が取り返しのつかないことになるなんて、絶対にあっちゃいけない。
たったひとりでも寄り添う人、寄り添い続ける人がいたなら、つながったはずの命。壊さずに済んだはずの体や心。

だとしたら、僕には何ができる? 見ず知らずの駅員さんの真心に命を救われた僕には、何ができる?
ひとりひとりに寄り添うことが会社内でできないなら、会社外からできないか?
その人とも会社とも利害関係のない立場から、本気で誰かの味方でい続けることが、僕にはできないだろうか?

「個性的でいい」
「マイノリティでいい」
「もちろん、マジョリティでもいい」
「あなたがあなたでいたらいい。その人生でいい。その人生が、いいんだ」

誰かが思い詰めた時に相談するのが当たり前の社会。
誰かが思い詰めた時に寄り添ってくれる人のいるのが当たり前の社会。

そんな文化のある世の中なら、それぞれの貴重な個性に自信を持って皆生きてゆける。
一度きりの人生を誰かの決めた“べき論”に押し込めて、自分を生きることを諦める人を、なくしたい。
あまつさえ、心身を壊したり、命を絶ったりする人なんか、ひとりもいてほしくないんだ。

同僚たちに慰められたように、あいつの死は僕のせいじゃないかもしれない。
でも、あいつの死を経験したのはほかならぬ僕の人生。

大口取引を失った大失態は完全に冤罪だった。
それでも、そんな理不尽を経験したのはほかならぬ僕の人生。

経験した事、なかったことにはならない過去を踏まえて、どう生きるか。
それだけは、僕次第なんだ。僕の自由であり、それこそが僕の責任。

「本当に辞めるのか? 待遇なら考えるぞ」
引き止める声を振り払い、僕は会社を去った。

悩み苦しんでいる人に寄り添える社会を作るため、その最初のひとりに僕がなる。

踏み出す僕の背中を、優しい風が押した。あいつの気配を感じた。
あいつは、僕のなかに生きている。

これが、僕の生きてゆく KeyPage。

掲載日:2018年12月05日(水)

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株式会社 Lante 代表取締役社長

大畑亮介(おおはた りょうすけ)

会社員をはじめとした個人に寄り添うことを事業として会社経営する、大畑亮介さん。「寄り添うこと、相談することを日本の文化にしたい」という大畑さんの想いの根底には、いくつもの大きな挫折体験がありました。

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