そうして僕が頼ったのは、最初にカバン持ちをさせてもらったとある事業のオーナー。
自分の実力を試したい。
お金をこの手につかみたい。
大学生の時に見た夢は、まだ自分の中で燻っていたのだと思います。
だけど、社会人二年目で結婚をし、子供もできていたため、生活基盤を崩すことはできませんでした。
だから、自宅でできるホームページ制作を始めました。
いや、もはやこれしかなかった。
この事業が、新しい生活の基盤に成長してくれることを願いながら、僕は必死に勉強をしました。
ある時、ご縁からホームページ制作の依頼がきました。
これまで以上に必死に取り組みなんとか完成させました。
しかし、納品したにも関わらず、報酬が支払われることはありませんでした。
(当時は騙されたとも思いましたが、場数を踏み、これは勉強代だったと気付けた良いキッカケであったと今は思えます。)
「くそ…なんでだよ。」
ショックで落ち込んでいる中、とある事業のオーナーからある経営者を紹介されました。
明確なビジョン、事業を組み立てるセンス、人を巻き込むカリスマ性、どれをとってもまさに理想の経営者像であるその人から僕は沢山のことを学び、同時にまだまだ経験不足だということを思い知らされました。
そして、その方とクリニックのオーナーと三人で事業を立ち上げる話が持ち上がりました。
しかし、僕はリスクの大きさに怖気づいてしまいます。
もちろんお金もつかみたいですが、もはやそれを超えて何かに向かっていくことに生きがいを感じるようになっていました。
それなのに、失敗したときに抱える負債や、失うものを考えると尻込みしてしまう自分がいました。
守るべきものがあるからこそ、自分の気持ちと現実の間で揺れながら、僕の挑戦の意志は再び鳴りを潜めようとしていました。
しかし、2015年の年明け。
僕はその経営者に謝罪して、もう一度一緒に事業をしたいとお願いすることになります。
やはり、くすぶっていた気持ちは消えてはくれません。
そして、親友を巻き込んで会社をやろうという話がでましたが、ここで家庭に大きな問題が起きました。
『仕事第一』という生活に妻が耐えられなくなっていたのです。
多忙な中で、向こう見ずな生き方をしていたのはわかっています。
ある日、仕事から帰ったら、家に妻の姿がありません。
前日、大ゲンカをしたのを思い出しました。
「仕事と家族どっちをとるの?」
「今は仕事…かな。」
「じゃあもう一人でやって。」
事業をやるために会社も退職していました。
それも、妻が家を出た一つの原因かもしれません。
毎日暗い家に帰るのが嫌になり、やっぱり家族に戻ってきてほしいと思う自分がいます。
僕にとって、事業と家族はどちらもかけがえのないもの。
どちらかがかけても自分ではなくなってしまう。
それは痛いほどわかっていたはずなのに、両立することが出来なかった…。
悩んだ挙句、事業の話は断ることにしました。
仕事も家庭も半分壊れかけすべてがあやふやなまま。
結局、妻も出て行ったまま帰ってきませんでした。
もう僕に残っているものがなんなのか…わからなかった。
掲載日:2016年10月21日(金)
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株式会社Family Tears事業部 本部長
島口 靖弘(しまぐち やすひろ)
仕事に対する情熱と家族との愛情の間で悩みながら事業を立ち上げた島口靖弘さん。自分にとって本当に大切なものに気付いたのは、まさにそのものを無くしてしまった瞬間だった。