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錦織圭が世界のトッププレイヤーに成長したキッカケ

2016年のリオデジャネイロオリンピックで、銅メダルを獲得したテニスの錦織圭選手。日本人としてオリンピックのテニス競技でメダルを獲得するのは、史上3人目という快挙を成し遂げました。

もっとも、それ以前にもテニスの大会の最高峰と言われるグランドスラム4大会でファイナリスト、ATP世界ランキング4位など、既に注目されている存在でした。日本どころかアジアの選手として、世界の記録を塗り替えていく錦織選手ですが、彼がここまでのプレイヤーに成長した背景には、いくつかの転機があったようです。

テニスとの出会い

テニスとの出会いは5歳のころ。お父さんの清志さんが、家族でテニスの試合をしたくて、幼かった錦織圭さんに子供用のラケットを買い与えたのが始まりだったとか。
最初は自宅で壁打ちから始め、やがてお姉さんの玲奈さんと試合をするように。幼かった錦織圭さんはなかなか玲奈さんに勝てず、初勝利は小学6年生の時だったそうです。

テニススクールに入学

それから一年後、錦織圭さんが6歳の時に島根県松江市にあるグリーンテニススクールに入ります。そこで出会ったのが柏井正樹さんという名コーチ。6歳でスクールに入ってきた錦織圭さんの才能にすぐに気づいた柏井さんは、無料で個人レッスンまでしていたとか。

この後8年間、錦織圭さんが中学1年になるまで、指導されたそうです。また、小学校5年生の時には松岡修造と出会い、修造チャレンジという合宿でメンタルを鍛えられました。
ここにも錦織圭さんの才能を伸ばすキッカケがあったのではないでしょうか。

ブレイクした最大のキッカケ

また、錦織圭さんを成長させた最大のキッカケは、おそらく「盛田正明テニスファンド」です。ファンドの名前になっている盛田正明さんは、ソニーの創業者である盛田昭夫さんの弟です。
このファンドから多額の援助を受けた錦織圭さんは、アメリカの名門IMGニック・ボロテリー・テニス・アカデミーに入学し、世界最高のテニス教育をうけることができたのです。

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2007年にはプロに転向、そしてジャパンオープンへ出場。相手選手に翻弄されっぱなしの錦織圭さんは、一回戦負けでこの頃は世界のトップクラスには及ばない感じだったそうです。

しかし、翌2008年にはデルレイビーチ国テニス選手権でATPツアー初優勝。
この時の錦織圭さんは18歳1か月。 これは、16歳10か月でツアー初優勝した元世界1位のレントン・ヒューイットに次ぐ記録だそうです。

様々なキッカケを経て、成長と快進撃を続けてきた錦織選手。
今後の活躍が期待されます。

掲載日:2016-11-11
提供者:たけちゃん

この記事を書いたライター

大西 武史(おおにし たけし)

株式会社1000パーセント代表取締役。個人事業主のためのブログやSNS、WEBマーケティングのお役立ち情報をブログで発信中!Keypageでは主に広報を担当。おもしろいこと好き。楽しいこと好き。みんなの人生が変わったキッカケ教えて欲しい!

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