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キッカケインタビュー

小さな幸せは、当たり前じゃない。世の家族を護りたいと思ったキッカケ

島口 靖弘(しまぐち やすひろ)

株式会社Family Tears事業部 本部長

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キッカケ記事

追加取材

いま何やってるの?
結婚式場の動画教室事業と、愛を伝える映像製作に注力。結婚・企業の社内動画製作向けに技術のレクチャー

仕事に対する情熱と家族との愛情の間で悩みながら事業を立ち上げた島口靖弘さん。自分にとって本当に大切なものに気付いたのは、まさにそのものを無くしてしまった瞬間だった。

キッカケ①:誰もが一度は思い描く欲に支配されたキッカケ

僕は大学生になるまで、ずっと平凡な人生を送ってきました。
それは僕が努力しなくてもできる範囲でしか物事を選択していなかったからだと思います。
大学三年生の時、僕はふとお金持ちになりたいと思いました。
何を思ったか、高級外車が停まっている駐車場で車の持ち主が現れるのをひたすら待っていました。
お金持ちになる方法は、お金持ちに聞くのが一番早いと思ったからです。
そこで、とある事業のオーナーと知り合いました。

なんとか頼み込んで、カバン持ちをさせてもらえたのは幸運だったと思います。
なにより、付いて行く先々で、華やかな世界を見せてもらうことができました。
僕はそのまばゆさに感動し、この世界で生きていきたいと願うようになりました。
これが「挑戦する側」に身を置こうとする自分の最初のキッカケでした。


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そのオーナーに付いて一年後、僕も大学四年生。
進路を決めなくてはいけない時期となりました。
しかし、「お金持ちになりたい」と願っていた僕は、普通のサラリーマンにしかなれない就職活動をする気にはなりませんでした。
「この人についていけばいつか叶うはず!」そう思うばかりで、実際は何をやって良いかも分からず、当時の僕はただ世間知らずの子供でした。


そんなある日、不注意でバイク事故を起こしてしまいます。
目の前に横たわるバイク。
割れたテールランプを見ながら、やがて僕は意識を失いました…


気がつくと僕の目の前には18歳の時から付き合っていた彼女がいました。
必死に看病してくれたのか、疲れて眠る彼女…僕は自分がなんて甘い考えをしていたのかを思い知りました。


「僕には守らなきゃいけない人がいる。」


安定した生活を送るために就職をすることを決意したのです。


そして僕は大手企業に就職を果たしました。
がむしゃらに働いたおかげか三年ほどで成果を出し、同期の中でもトップになることができました。
多くを願わなければ、僕は幸福で穏やかな人生を得ることができたと思います。
でも、会社の中で評価され始めると、自分に自信がつき、また外の世界に目を向け始めるようになりました。

キッカケ②:未熟な自分を振り返ったキッカケ

そうして僕が頼ったのは、最初にカバン持ちをさせてもらったとある事業のオーナー。
自分の実力を試したい。
お金をこの手につかみたい。
大学生の時に見た夢は、まだ自分の中で燻っていたのだと思います。
だけど、社会人二年目で結婚をし、子供もできていたため、生活基盤を崩すことはできませんでした。
だから、自宅でできるホームページ制作を始めました。
いや、もはやこれしかなかった。
この事業が、新しい生活の基盤に成長してくれることを願いながら、僕は必死に勉強をしました。
ある時、ご縁からホームページ制作の依頼がきました。
これまで以上に必死に取り組みなんとか完成させました。
しかし、納品したにも関わらず、報酬が支払われることはありませんでした。
(当時は騙されたとも思いましたが、場数を踏み、これは勉強代だったと気付けた良いキッカケであったと今は思えます。)


「くそ…なんでだよ。」


ショックで落ち込んでいる中、とある事業のオーナーからある経営者を紹介されました。
明確なビジョン、事業を組み立てるセンス、人を巻き込むカリスマ性、どれをとってもまさに理想の経営者像であるその人から僕は沢山のことを学び、同時にまだまだ経験不足だということを思い知らされました。
そして、その方とクリニックのオーナーと三人で事業を立ち上げる話が持ち上がりました。
しかし、僕はリスクの大きさに怖気づいてしまいます。


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もちろんお金もつかみたいですが、もはやそれを超えて何かに向かっていくことに生きがいを感じるようになっていました。
それなのに、失敗したときに抱える負債や、失うものを考えると尻込みしてしまう自分がいました。
守るべきものがあるからこそ、自分の気持ちと現実の間で揺れながら、僕の挑戦の意志は再び鳴りを潜めようとしていました。


しかし、2015年の年明け。
僕はその経営者に謝罪して、もう一度一緒に事業をしたいとお願いすることになります。
やはり、くすぶっていた気持ちは消えてはくれません。
そして、親友を巻き込んで会社をやろうという話がでましたが、ここで家庭に大きな問題が起きました。
『仕事第一』という生活に妻が耐えられなくなっていたのです。


多忙な中で、向こう見ずな生き方をしていたのはわかっています。
ある日、仕事から帰ったら、家に妻の姿がありません。
前日、大ゲンカをしたのを思い出しました。


「仕事と家族どっちをとるの?」


「今は仕事…かな。」


「じゃあもう一人でやって。」


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事業をやるために会社も退職していました。
それも、妻が家を出た一つの原因かもしれません。
毎日暗い家に帰るのが嫌になり、やっぱり家族に戻ってきてほしいと思う自分がいます。
僕にとって、事業と家族はどちらもかけがえのないもの。
どちらかがかけても自分ではなくなってしまう。
それは痛いほどわかっていたはずなのに、両立することが出来なかった…。


悩んだ挙句、事業の話は断ることにしました。
仕事も家庭も半分壊れかけすべてがあやふやなまま。
結局、妻も出て行ったまま帰ってきませんでした。


もう僕に残っているものがなんなのか…わからなかった。

キッカケ③:自分でなくてはならないことに気付いたキッカケ

そんな時に出会った男性がいました。
彼も離婚していたし、どうせ無理だろうと奥さんに信用されていませんでした。
自分と境遇が似ていました。
だから、素直に話を聞けたのかもしれません。
彼は仕事をお金とはとらえず、何故自分がそれをやるのか、働いて自分がどうなるのか、何故自分でないといけないのか、社会にどう貢献していくのかと、仕事に対して問いを深めていきます。
そんな彼と接しているうちに、彼の仕事におけるスタンスに僕も自然と共感し全ての事象に纏わるベースとなる考え方を築くことができました。


「自分が本当にやりたいことは何なのだろうか…」


初めて自分と正直に向き合えた今、浮かんできたのは別れた妻との思い出でした。
彼女や子供達と過ごす時間こそが僕の全てであり、その幸せの尊さに…今更気付きました。
毎日というのは決して当たり前でなく、とても貴重で限りなく限定された特別なものだと。


「ここまで失ってからでないと、僕は気付けなかったなんて…」


自分のためでも、お金のためでも決してない。
一番大切な家族を守るために、初めて僕は本当の意味で今必要なビジネスを見つけることが出来ました。


幸せのカタチ。その尊さ。
この愛が、当たり前にあるものではないということを、出来るだけ多くの家族に伝えていきたい。
一番大切なものを、もう一度取り戻せる日が来ることを願って。


これが僕の家族への愛に気付いたKey Page…


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追加ストーリー①:島口 靖弘 〜あのキッカケを経て〜

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掲載日:2016年10月21日(金)

鍵人No.0024

島口 靖弘(しまぐち やすひろ)

1988年1月5日生まれ(28歳) 田無在住
大学卒業後、大手企業に就職するも退職し、事業を計画。
奥さんとの離婚を契機に自分のやりたいことを見つめなおし、TEARSを設立。
株式会社Family 〜Tears事業部〜

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