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キッカケインタビュー

受け入れがたい経験を、それでも乗り越えて。

櫻井 允秀(さくらい よしひで)

ACI PROMOTION株式会社 代表取締役社長

この鍵人のコンテンツ:

キッカケ記事

いま何やってるの?

人一倍利他の姿勢で生きてきた櫻井さんの人生は、通常ではとても乗り越える道の見出せないような困難の連続でした。「何度転んでも起き上がれる」という、櫻井さんの自分自身への信頼感の根拠とは。

キッカケ①:無力さに打ちひしがれて。

八潮市に越してしばらくすると、転校先でいじめられるようになった。

どうも、僕に惚れて振られた女の子が逆恨みして、裏で糸を引いているらしい。表立ってやってくるのは男なんだけど。


学校に行くと机がない、上履きがない、体操着がない。机なんてでかいモノ、どこに隠すんだろうと思うけど。

なんとかうまくやろうと彼らの調子に合わせてみるも、効果はない。参ったな。



学校に行かなくなった。しばらくすると親にも気づかれた。

どうしようかなと思って、深夜に2階から抜け出して家出。……したものの、飼っている犬が吠えてすぐに見つかった。


「なんで家出なんかしたんだ。不満でもあるのか? 」

普段会話なんかしない父さんと、差し向かいで初めて話した。慰めてくれるかな、といじめのことを打ち明けてみたら。


「バカじゃん。ダサっ」

拍子抜けした。同情とか、ちょっとくらいは期待していたのに。

「操ってんのは女でも、やってくんのは男だろ。まだ子どもなんだから、喧嘩すりゃいいんだよ」


そんな考え方があるのか!

こちらが彼らに歩み寄らないと仲良くなれないと思っていた。媚びてダメだから諦めていた僕に、父さんの言葉は衝撃的だった。


それから3ヶ月、父さんにもらった“口喧嘩で勝つための本”をたくさん読んで。ひ弱だったので、筋トレもした。

学校に戻って前と同じ扱いを受けた時、こちらの言い分をキッパリ返した。

一度だけ喧嘩になった時にも勝った。小学生は、強い奴にあっさりなびく。

僕をいじめていた奴らは、ターゲットを変えた。もともといっしょになって僕をいじめていた男の子のひとりに矛先が向かう。


「なんでそういう事すんの? くだらなくね? 」

2、3度言うと、そういう雰囲気はなくなった。僕が一言言えばクラスメートが動くようになったんだ。


別に、そいつをかばってやりたいとかじゃなくて。

僕がやられた事を今度は僕がけしかけたり黙認したりしたら、その連鎖は終わらないじゃないか。それはなんか違う。

はからずも持った影響力というものを、僕は誰かのために使いたい。



地元の中学に進み、少々やんちゃをした。

先制攻撃なんかしない。ただ、自分の中学校の誰かが傷つけられたら、仲間を引き連れて他校に殴り込みに行く。

自分を慕ってくれる仲間の力になりたい。頼られる存在でありたい。

そのために必要ないと思った授業は受けない。必要だと思うから経営者の本を読みあさる。

親も理解のあるほうで。あまり学校に行かずバイトする僕を「やりたい事があるならそのほうがいい」と認めてくれる。


中学卒業と同時に、貯めた金とローンでバイクを買った。

毎月数万を払うために、高校には進学せずバイトで稼ぐ日々。

バイクを安く仕入れて直してやんちゃ仲間に売るようなビジネスも始めた。



そのころ、幼馴染と付き合っていた。

仕事のない日はよく会いに行って、デートしたり何でもない話をしたり、家で過ごしたり。


クリスマスの数日前、その日も僕は彼女の家でゲームをしていた。

「ねえ。もし、子ども出来たらどうする? 」

「は? え? いや、無理っしょ。俺16だよ」

唐突すぎた。ゲームだっていまイイところ。何でもない会話だと思って答えた僕に、彼女は急に怒り出した。


「何なの、それ。そんな言い方、なくない!? 」

なんでいきなりそうなるんだよ。マジで妊娠したわけじゃあるまいし……。


と思ったら、実は、妊娠したかもしれないなんてことだったらしい。

それならそうと言ってくれよ。「話がある」とでも切り出してくれれば、まじめに考えてモノを言ったのに。



12月24日、連絡はせず。向こうからも来ない。

10代のカップルがクリスマスにいっしょに過ごさないなんて。意地もあるけど、クリスマス当日に電話してみた。

電源が入っていないとのアナウンス。

「ヤベえな、めっちゃ怒ってんな」


翌日も電話が通じない。そのまま年を越した。

年明け、さすがに心配になって彼女の家に行った。誰もいない。

日を変えてもう一度行った。喧嘩していても2回も家を訪ねるくらいには、本気で好きなんだ。


「あなた、何してんのよ!? 」

いきなり怒鳴られた。彼女のお姉さんだ。

「え、いや、すいません」

とっさに謝ったものの、喧嘩はお互いさまじゃないかとも思った。が、そういうコトじゃなかった。


彼女はクリスマスの日に事故に遭って、危篤状態。

その事故に居合わせたのが、彼女の友達と、元彼……だという。


クリスマスに、ほかの男と……元彼と、彼女が?



お姉さんに連れられて病院に行った。酸素マスクをし、管につながれ、ピクリとも動かない彼女。

大切な人が死にかけている事態が受け入れられなくて。頭を殴られるようなショックは、彼女を失おうとしているからなのか。


それだけじゃなかった。


裏切られたという想い。

湧いてきたのは悲しみより怒りのほうが大きかったと思う。でも、極限状態にあるとそれすらワケわからなくて。


そのぐちゃぐちゃな感情をぶつけたい相手は、目の前で生死の境をさまよっている。

責めようにも責められない。問いただしたくても、何も答えてもらえない。


怒りを通り越して、感情が自分でわからない。いま何が起こっている、僕のなかで?


病院から飛び出して、知り合いに連絡して回った。いっしょにいた元彼は即死だった、とすぐにわかった。

葬式に行き、抹香を投げつけた。元彼の仲間たちにボコボコにされた。


そりゃそうだ。常識的な行動じゃない。だけど、だけど……。

「俺の気持ちはどうなるんだよ! 俺の気持ちだって、俺だって……!!! 」



自暴自棄になった。暴走族に入って、すぐにトップになった。


彼女の両親が仕事を増やして治療費を工面するなか、労働時間を増やしたお母さんが精神を病んでしまった。

面会に行っても、僕が誰だか認識できない状態。

僕が娘の彼氏だとわかる時は、暴言を吐かれた。

「あんたのせいだわ。あんたが喧嘩なんかしなかったら、この子は事故になんか……」


暴走族をやりながらバイクを売り続け、僕が治療費を肩代わりした。

お母さんが潰れたなら僕が払わないと、彼女が死んでしまう。裏切られたという想いを抱えながら、それでも大好きな人だった。


ただ、売るのはバイクだ。リピートの期待できる生活消耗品じゃない。

地元の人脈で、バイクを買う人が次から次へと見つかるわけでもない。


いったい何ヶ月踏ん張ったんだろう。

「ごめんなさい。もう……払えません」



治療が打ち切られ、彼女は死んだ。

お母さんには「殺人者」と呼ばれた。


それもそうだな、と思う。


あの日、喧嘩なんかしなかったら。

彼女の真剣さや不安に僕が気づいて、まじめに答えていたら。

治療費を払い続けられるだけの経済力が僕にあったら。


自分の器の小ささに絶望した。お金がないと、誰も助けられない。


僕のなかのお金の定義が変わった。大切な人を守るために、お金を稼ごう。そして、使おう。

こんな想いをもう二度としないために。


キッカケ②:生きる意味を見つめて。

転売の仕事は少しずつ伸びていった。板金屋でバイトして譲ってもらった塗料を、バイクや車に塗って売る。

中学時代に読みあさった経営者の本が、いまリアルな体験と合わさって活きてくる。

さらに買い手を見つけるために人脈を増やそうと、音楽イベントを手掛け始めた。



その日もバイトだった。ゴミ袋を拾おうとかがんだ時、何かが起こった。

「!? 」

何が起こった? 痛い? 痛いなんてもんじゃない。

駆けつけた社長やバイト仲間にどこを触られても雷が落ちる。

救急車で運ばれ、いくつかの病院で診てもらった。首の骨が折れていた。首の骨って、突然折れるものなのか……。


「白血病か、ガンです」

即入院。原因は不明……「開けてみないとわからない」らしい。


首なので手術はめちゃくちゃ繊細らしく、すぐに日取りが決められなかった。

寝っ転がると寝返りで死ぬ可能性があるから、座ったまま眠る日々。


やんちゃをしながらパシリみたいに使っていた友人が、見舞いに来てくれた。

ひどい事をしてきたのに、心配して、時間を使って来てくれた。僕だったら絶対に行かないと思うのに。


いっぽうで、かなり慕ってくれていた後輩たちは電話しても折り返してこなかったりする。

かわいがっているつもりでも、実は表面的な付き合いだったんだ。



1ヶ月入院して、2週間後の手術が決まって。

万が一の事があっても訴えないと誓約書を書かされる、エグいやつだ。


2週間。2週間後に、もしかしたら僕は死ぬかもしれない。僕の命は、あと……。

これまでの人生を振り返った。この人生で僕は、いったい何をしてきたんだろう。


2週間後、もし僕が生きていたら。

――恩返しをしよう。


やんちゃして迷惑を掛けてきたのに毎日見舞いに来てくれる両親。人としてどうかと思う事をしてきたのに来てくれた友人。

僕を支えてくれるこの人たちに、僕は恩返ししなきゃいけない。もし、僕の命が2週間後もつながるものなら……。


麻酔で遠のいた意識を取り戻すと、死んだおじいちゃんが真っ暗な草原で手招きしていた。

小川が流れていたから、またいでお祖父ちゃんのところに行こうとした。


その手を誰かがつかんだ。


瞼を上げると、母さんが手を握っていた。いまのは、三途の川ってやつか……。



術後、担当医に言われた。

砕けた骨は取り除いて腰の骨を移植したものの、神経の絡んでいる腫瘍だけは取れなかった。

その腫瘍を除く手術をすると、植物状態になる可能性が低くない。

逆に、腫瘍をそのままにするなら、2年くらいでもう一度爆発して死ぬかもしれない。


植物状態になるリスクを負って腫瘍を完全に除去するか、近い将来死ぬリスクを負って腫瘍を抱えて生きるか。


「取りません。このまま生きます」

躊躇はなかった。僕は、生きていたら恩返しをすると決めて手術に臨んだんだ。

植物状態になってしまったら、できる恩返しもできなくなる。

だったら、2年なり何年なり全力で生きて、恩返しして、その時を迎えよう。



誰かのために生きるにも、お金がないと始まらない。それまでやってきたビジネスを拡大しようと動き出した。

半年くらいそうして働いたか。2年で死ぬかもしれないことを、付き合っている彼女に伝えた。


「知ってるよね。私、結婚したいの。死んじゃう人とは付き合えない」


いっしょにいてくれないのか。僕が死ぬとわかったら、その傍にこの子はいてくれないのか。


何かが切れた。仕事する気も起きなくなり、家に引きこもった。

幻覚が見えるようになった。部屋にこもっているのに、壁から友達の顔が覗く。目を閉じても消えない。

精神科に行って出された薬は、母さんの意見で飲まなかったけど。

このまま、どうしたらいいんだ。何のために生き延びた命なんだ……。


「入るぞ」

父さんが部屋に入って来た。

「外にも出ないで、お前何やってんだ? 」

責めるふうでもない。不登校していた時と同じだ。父さんに背を向けたまま、僕は心のうちを語り始めた。


「俺さ、死ぬじゃん? 彼女にも、死ぬ人とは付き合えないって振られた。生きてる意味、わかんなくなっちゃったんだよね」

「なあ、お前、こっち見てみろよ」


壁を向いていた僕は、体を動かして父さんに向き直った。

「いま何が見える? 」

「何って……いや、父さんじゃん」

「そういうコトよ」

何でもないように、父さんは言う。


「見方を変えちゃえば世界って変わるわけよ。壁見てたら壁しか見えない。後ろ向いたら俺が見える。

 いつ死ぬかって、みんないっしょじゃん。俺だって明日死ぬかもしれない。

 2年間でどうにかしなきゃとか思わなくていい。みんな明日死ぬかもしれないって思えば、今日自分にできる事をするだけよ」



一瞬ですべてが理解できた。ほんの一瞬で意識を失い、死んでしまった元カノのこともあったから。


エネルギーが湧いてきた。生きる意欲、働く意欲、稼いだお金で恩返しをする意欲。


「東京に出よう」

残りの人生、まっさらなところで始めよう。

こうして僕の人生は次のステージに移ることになる。

キッカケ③:家族のような仲間のために。

地元にしか人脈のない僕が東京でいきなり成功するはずもなく、大コケしたことも一度や二度じゃない。

それでもがむしゃらにやってきた。

地元にいたころから慕ってくれていた後輩のひとりに、東京のでかいクラブでDJをやらせてやりたい。

もともとそんな気持ちもあって、東京でも学生や若者を対象にした音楽イベントを手掛けてきた。


22歳の時、「クラブ界のディズニーランド」と呼ばれる、若者の憧れの対象である施設でのイベントを成功させた。動員は5千人。

勢いに乗って次のイベントを打った。人づてに東京ドームを契約し、チームを組んでチケットを売りさばいていった。


その、契約してくれた人が、詐欺師だった。会場が取れているという前提で販売した何百、何千枚のチケット。

全体で5千万の借金を負った。背負いきれず飛んだ仲間もいたので、残った人間で割って僕は800万円。


負ったものは仕方ない。詐欺に気づかなかった僕の責任でもある。

返済のために、ほかのイベントを打ちながら、個人で投資もしながら、関わりのあった社長に何か仕事がないか尋ねた。

週3勤務で月25万という営業の仕事を紹介された。もちろん乗った。


自分で仕事もしながら、週3日だけそちらに通う。ダイヤモンドのパンフレットを送付する仕事だ。

仕事自体は単純作業。リストが渡されて、資料を袋詰めして送付するだけ。営業電話を掛けるわけでもない。

すぐに変だと感じた。客単価が高すぎるんだ。そもそもこれで月25万なんて。

社長に尋ねると、「だいじょうぶだよ、グレーだから」


その場で辞めると言ったものの、1ヶ月だけと引き止められた。

結局一銭も受け取らず、1ヶ月後、僕はその仕事を辞めた。受け取ったら、何かあった時にヤバいと感じたから。



それまで個人事業でやってきたイベントの仕事も含め、会社としてやっていこうと思った。

事務所を借りる際に、ちょうど借りてくれるという人が現れたので、その人を会長という形にして起業。

役員も社員も全員歳上なんだけど、全員僕を慕ってくれる。


年上の社員が僕の年齢に構わず敬意を示してくれるのに感動した。僕がその立場だったら、同じようにできるだろうか。

尊敬できる仲間と夢や目標に向かって一丸となって取り組む充実感にあふれていた。


だから、その時の決断にも迷いはなくて。


「社長! ヤバいっす! 」

社員のひとりが真っ青な顔で駆け込んで来た。

「落ち着け。何、どうしたんだ? 」

「会長……飛んだっす」


事務所を借りてくれた会長が詐欺師だった、と。

僕の事業以外は、会長の取ってくる案件で成り立っている経営だった。ただ、代表は僕。お金の作れるのも、僕。


「よし。会社やろう! 」

「は!? 」

「ここはたたんで、新しく会社やろう。給料25万でイイよな? 」

「い、イイけど、だいじょうぶっすか? 」


だいじょうぶかどうかじゃない。何とかする。

ここで僕が投げたら、こいつらが路頭に迷ってしまう。社員の生活まで責任を負うのが、社長というもの。

家族みたいに大切な仲間のために、自分の命を使おう。恩返しして生きると、手術をしたあの時に決めたんだから。

誰かを守るためにお金を稼ぎ使うと、元カノの死んだあの時に決めたんだから。



自分の稼いだお金とか所有物とかいう感覚が薄くて。とにかく誰かのために生きてきた。

自己犠牲でも何でもなくて、それが僕自身の喜びなんだ。

仲間が笑っていたらうれしい。仲間が悩んだり悲しんだりしていたら僕も苦しいから、いっしょになって真剣に考える。


だから、事務所に警察が来た時も、何ひとつ心当たりがなくて。



差し出されたのは、ダイヤモンドのパンフレットを送付する詐欺絡みの逮捕状だった。

キッカケ④:経験は糧に、真実は僕のなかに。

取り調べや裁判というのは、公正におこなわれるものだと思っていた。

だから僕は、起こったままの事、したとおりの事を話した。

詐欺だと思ったから一銭も受け取らなかったし、詐欺だと思ったから辞めた。

そのとおりの主張で裁判をすれば当然無罪判決だと、疑いもしなかった。

僕じゃなくてもそう思うだろう。それが事実なんだから。


留置場から出て、実態はそうじゃないと知った。

「怪しいと思ったから辞めた」と言った言葉は「詐欺だと思ってやっていたけど、辞めた」と調書に書かれていた。

800万円の借金は投資商品で稼いだお金で返済した、その入金記録も通帳に残っている。

けれどもそれは証拠として採用されなかった。「詐欺で受け取った金で返したんだろう」ということにされた。

週3日しか通っていなかったことはETCの記録を見れば明らかなのに、それも採用されなかった。


留置場でついてもらった頼りない国選弁護士ではなく、私費で雇った弁護士に、いろんな裏の事情を教わった。

捜査すると決めた案件の不起訴が続くと担当した警察官が降格されるから、彼らは何が何でも起訴しようとするということ。

取り調べにはシナリオがあり、真実を追求することではなくシナリオどおりに立件することが操作目的になっていること。

だから、容疑者に有利な証拠は隠蔽されるし、不利な証拠はでっち上げられる。

そんなめちゃくちゃがまかり通っているのが、現実。


でも。

逆に、その先が見たいと思った。いま僕は、人がなかなかしないような経験をしている。

だったら、とことん突き詰めたい。坂を転げ落ちかけたら、どん底まであえて進んで、その景色を見る。



僕はこれまで何をして生きてきたんだろう。道が見えないなら、これまでに歩いた道を辿り直すことだと思った。

留置場でひたすら過去のあれこれを考えた。出てからも、地元や東京で過去を考え、いろんな場所に行った。

小学校の通学路。友達と遊んだ公園。やんちゃして回った中学校。彼女とデートした場所。

「あの時ああしていればよかったのかな。あの時間違ったのかな」

いくつもの「もしも」がよぎる。それは、後悔の裏返し。


社長に逮捕状が出たということで、僕の拘留中に会社は倒産した。守りたかった社員たちは散り散りになった。

事実を言っても通らない理不尽に巻き込まれ、国家によって無実の罪を認定されようとしている。

もちろん、戦ってはいるけど。できる事はするけど。

きっと、結論は受け入れがたいものになる。事実を無視したものになる。

受け入れがたい事態を、どう受け入れるのか。その景色を見て、それをどう糧にして、これまで以上に人の役に立てるのか。



過去を辿って、3ヶ月目のある日。会社の事務所のあった場所に来た。


「違う。俺は、正しかった。いままでやってきた事は、正しかった」


何かが、ストンと落ちた。


これまでの選択がひとつでも違ったら、確かに、冤罪での逮捕も裁判も倒産も避けられたかもしれない。

だけど同時に、これまでの選択がひとつでも違ったら……この会社で仲間と家族のような濃い時間を過ごすこともなかった。


血もつながっていないのに互いを真剣に想い合い、尊敬し合い、夢や目標に向かってぶつかったり切磋琢磨したりする時間。

それは、誰が何と言おうとほんものだった。そこに至れたのは、過去のひとつひとつの選択があったから。


後悔が消えた。

僕は、間違っていない。いままでやってきた事は、すべて、それでよかった。

たとえ、その結果冤罪で塀の向こうに行こうとも。



私費で雇った弁護士についてもらって裁判をやり直し、一審、控訴審と進んで、最高裁の判決をいま待っている。

最高裁での逆転無罪なんて、ドラマや小説での話。現実には10年に1件あるかないか、だそうだ。


拘留中に倒産したせいで負った借金は1億8千万円。それを返すため、裁判をしながら会社を3つ作り、完済。

その間に仕事で知り合った女性に告白された。「4年も待てないだろう」と一度は断ったものの、付き合うことにして。

いよいよ最高裁の判決が出る直前、互いにつらくなるからやっぱり別れようと切り出した。

すると、婚姻届を持った彼女が僕の家に来た。


覚悟に打ちのめされた。逆の立場だったら、僕に同じ事ができただろうか。


この困難をいっしょに乗り越えようとしてくれるパートナーに支えられ、予定より先延ばしになった判決を待っていま過ごしている。

4年ではなく2年8ヶ月という判決になるだろう、というのが、これを語っているいまの見通しだ。



受け入れがたい出来事を受け入れてばかりの半生だった。

まだ、26歳なんだけど。そういえば、宣告された余命もいつの間にか超えていた。


でも、人のしない経験をすればするほど、多くの人の心に深く寄り添える自分になれるから。

それに、どんな経験をしても乗り越えてきたのも事実。僕は僕の力を信じている。

800万が返せたから、1億8千万も返せた。

2年8ヶ月塀の向こうにいても、出てきた未来の僕はいま以上に人のために生きるだろう。

だから、どん底にはあえて突き進む。事実を言い、そのうえで負けたらそれを受け入れる。


東京に出てきたころ、ある映画を観た。死んだ人と会えるけど、真実の答え合わせはできない、という話だ。

「答えは、自分で決めていいんだよ」

死んだ元カノへのわだかまりは、この台詞をきっかけに解けていった。

「僕への腹いせで元彼と過ごしただけで、元彼のことが好きだったわけじゃない。裏切られたわけじゃない」

と、やっと受け入れられるようになった。


もちろん、これは僕の解釈。僕が楽になるための解釈で、真実は誰にもわからない。

それでいいと思った。


そう、それでいい。

国家権力が何を事実と認定しようと、真実は僕のなかにあるから。

たとえ体は塀の向こうに行こうとも、僕の心は太陽の下を歩いている。


それを信じてくれるパートナーや家族、倒産して散り散りになったのに頼ってくれる仲間、大勢の人に支えられている。

彼らに恥じることは何ひとつない。これが、僕の人生。



参考にしてくれというには、あまりにも特殊な人生だったかもしれない。

それでも、これがありのままの僕。このKeyPageから、何か生きる希望をつかんでもらえたら、うれしいな。

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掲載日:2018年12月03日(月)

鍵人No.87

櫻井 允秀(さくらい よしひで)

1992年、埼玉県生まれ。中学卒業後、個人事業でバイクや車の転売を手掛ける。20歳の時、首の骨を折る大病をし、2年の余命宣告をされる。東京に出てイベント業を手掛け、様々な大型イベントを成功させ注目を浴びる。23歳で起業、24歳で冤罪で逮捕され、2018年9月現在最高裁で争っている。

Twitter:https://twitter.com/SKRI_SKR/

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