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キッカケインタビュー

寄り添うことを日本の文化に――マイノリティでいい、それがあなたなら。

大畑亮介(おおはた りょうすけ)

株式会社 Lante 代表取締役社長

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キッカケ記事

いま何やってるの?
個人向けには、人生の先輩を見つけるメンターマッチングサービスの運営を、法人向けには、社員のホンネから社員と組織のコミュニケーションギャップを可視化するサービスを、株式会社 Lante としておこなっています。

会社員をはじめとした個人に寄り添うことを事業として会社経営する、大畑亮介さん。「寄り添うこと、相談することを日本の文化にしたい」という大畑さんの想いの根底には、いくつもの大きな挫折体験がありました。

キッカケ①:自分らしさを思い出して。

“べき論”みたいなもののなかで育ったのかもしれない。

ごく普通の愛情深い両親なんだけど、「こういうものでしょ」「こうじゃなきゃダメでしょ」という気配が強かった。

そのせいか僕も、曲がった事や理不尽な事が嫌い。


“べき論”が人として大切な正義感を育んだ反面、窮屈に感じることもあった。

いつも何かに追い立てられている感覚がある。


中学受験を希望した僕は、週5で塾に通うようになった。

年末年始以外毎週試験があって、成績が貼り出される。母さんの基準より順位が下がるとひどく叱られる。

普通に大学まで出て、良い会社に入って、定年まで勤める――そういう価値観の両親だ。



入った中学校では、修学旅行の代わりに年に2回キャンプがある。

サマーキャンプの帰りのバスで、家族のためのお土産を棚に置いて僕はうとうとしていた。


はっと気づいた。床や座席に散らばるお菓子の食べかすは、さっき僕の買ったそれだった。


「何すんだ、お前ら!? 」

クラスの主要グループを相手取って大喧嘩。ただ、多勢に無勢だった。


陰湿ないじめが始まった。

「言いたい事あんならはっきり言えよ! 」

陰口が耳に入るたびに、初めのうちは食って掛かっていた。正当性のない攻撃に泣き寝入りする理由なんかない。


だけど、先にも言ったように敵は大人数。持久戦に持ち込まれたら、守る側の力は削がれる。

1ヶ月、2ヶ月......毎日、毎日だよ。

自分のために、正しいと信じるもののために戦う気力は、残らなかった。


理不尽な事は、パワーでまかり通るんだ。


出る杭は打たれる。戦っても傷つくだけ。何も変わらない。



高校に進むといじめはなくなった。それなりに話したり仲良くしたりする友達は出来た。

ただ、いつも気を遣う。毎日、彼らと別れると独り反省会の始まり。

「ああやって返したけど、嫌な気持ちにさせなかったかな」

「笑ってくれてたけど、腹のうちでは笑ってないかも。周りに何か言われてないかな」


正しいと信じるもののために声を上げても、自分が傷つくだけだから。そんな無駄な事はしない。

とにかく波風を立てないように。相手が嫌がる事をしないように。

多少のイジリに本気で怒ることなんかせずに、穏便にいなして。

本心で付き合う友達の出来ない虚しさにも目をつむって。



中学のころから良くなかった成績。

高校ではいよいよ勉強に身が入らなくて、受験直前の模試で偏差値43なんて数字を出したことも。


「大学に行けなかったら終わりだわ。受験も近いのに勉強もしないで、この先どうするの!? 」

取り乱す母さんが煩わしくて、怒鳴り返したり、部屋にこもったりする。


大学に行かない生き方なんて、考えられない。

だからといって、これじゃとうてい受からない。

浪人したら? 浪人したら僕が壊れそうだ。これ以上の焦燥感には耐えられない。

母さんの求める息子像に当てはまらないことに焦り、僕自身なんとか型にはまらなきゃと焦り......。


そんななかで最後に受験した1校に受かったのは、奇跡としか言いようがない。

もう戻れないと思っていた“普通の道”に戻れたんだ。安堵のあまり、涙がこぼれた。



「亮介、そんな気ぃ遣わなくていいんだよ? 」

テニスサークルの合宿で長野県に行った。日ごろから良くしてくれる先輩のひとりが、僕にそう言った。


進学校だった、ある意味おカタい高校時代と環境が違いすぎて、最初は面食らった。

バカな事を言ったりやったりしながら信頼関係を築いているサークルの先輩たち。

日ごろはじゃれ合っていても、ミーティングなんかはビシッと締めて。

自分のことがうまく表現できない僕を見守り、かわいがってくれる先輩もいる。


「こんなふうに心を通わせる人間関係があるのか」

少しずつ心を開いていった。そんななかで言われた、「気遣わなくていい」という言葉。



真心からの気遣いはともかく、人を傷つけないために自分を殺してまでする気遣いは要らない。

相手を思いやり自分を大切にしているという前提があれば、バカやってもいい。おちゃらけてもいい。勉強できなくてもいい。

僕というものを出してもいい。むしろ出せと言われる。

そんなふうに受け入れてもらえる環境だった。初めて見つけた僕の居場所。


そういえば、小学校低学年のころまでは、僕ってもっと明るかったかもしれない。

クラスでも楽しく過ごしていて、女の子にもモテた。でもそんな自分のことをすっかり忘れていて......。

両親の持つ理想的な子ども像に自分を押し込めたり、理不尽が許せなくて潰されたりして、僕が僕を見失っていた。


でも、何年見失っても、僕のなかにはちゃんと僕らしい僕がいた。

成績や順位で評価される僕じゃなくて、僕という個として笑ったり泣いたり友達と交流したりする僕が。

それを見出してくれた先輩や同期たちとの時間は、僕の心をとかしてくれた。



本来の僕を表現しても受け入れてもらえる環境。

僕自身が、数字や“こうあるべき”という価値観で自分を裁くことをやめたのかもしれない。


僕は、僕として生きていいんだ。僕らしく、仲間を大切にして、僕は生きてゆきたい。

キッカケ②:力が、力が足りない。

大手通信会社に就職、新卒で赴任した北海道での3年間でゆったり育ててもらったところから一転。

25歳で東京に戻った僕は、完全に自信を失っていた。


直属の上司からの叱責。成長を期待しての愛のムチ......なんてキレイなものじゃなくて。

「ホントお前、生きてる意味ないよな」

「何のために会社にいんの? 」

こんなのが毎日だ。文字どおり、毎日。


営業は数字がすべて、成績がすべて。追い立てられる感覚に、再び襲われる。

もともと要領のイイほうじゃないのに加えて、人格否定をされながら本来の力を発揮するなんてどだい無理な話。

必死に努力しても成績は振るわず、全営業のなかで最下位の数字を出したこともあった。

当然、叱責は増す。負のスパイラルから抜け出せなかった。



そんな状況だったので、同じような想いをしている新卒の子たちの様子も気になった。

僕と違って入社直後にそんな環境に放り込まれたら、どんなにつらいだろう。

傍に誰かひとりでも、ガス抜きをしてやれる存在がいたら。


「しんどそうだけど、どうだい? 今度メシ食いに行こうよ」

何人かの後輩に声を掛け、一対一で話を聴いたり食事をしたりするようにしていた。


会社の在り方を変えることはできなくても、いま目の前で苦しんでいるこの子たちの力に少しでもなれたら。



そのなかのひとりに、とってもマジメな子がいた。

家庭環境が大変で、家族を支えるためにも自分がしっかり稼がなきゃと責任を感じていて。

その想いと裏腹に、成績は伸ばせない。自分を情けなく不甲斐なく思ってしまう。


僕もそうだけど、叱られてばかりの環境で力を発揮することなんかできないんだ。

会社に入って1年や2年で劇的な成績を出すなんて、ほんのひと握りの人間で。

多くのマジメな人間は、今日明日の成績や能力で評価されることなく長い目で見て育てられてこそ、力を伸ばすもの。


「そこまで焦らなくていいんだよ。まだ2年目じゃないか」

「僕も北海道での3年間があったから、いま厳しくてもなんとかやっていられる。力を抜くってことを覚えたほうがいいよ」


でも、若さというやつだろうか。

彼は、あくまで自分の能力不足を責めてしまう。すべての問題を自分のせいだと引き受けてしまう。


僕の言葉は、想いは、届かない。



「自分で成績挙げてもいねえのに、よその後輩の面倒見てる余裕あんのかよ」

立ち回りのうまい同僚にチクられたんだろう。上司が凄んできた。

「あっちにはあっちの上司がいんだよ。お前が余計な事するとあっちの上司からクレームが来る。次やったらどうなるか覚えとけ」


歯ぎしりをしながら......でも、圧倒的に力が足りない。僕がこれ以上動いたら、彼にも被害が及ぶかもしれない。


「こういうわけで、会社内では声掛けれなくなったけど。メールででも、いつでも話してくれよ。溜めるんじゃないぞ」

彼にそう伝えて、しばらくやり取りをして。


そのやり取りが数週後に途絶えて。


僕のほうも忙しさを増して。


「大畑、もしかして......知らないのか? 」



彼が命を絶ったことを同僚から聞いたのは、最後のメールの何ヶ月後だっただろうか。

キッカケ③:理不尽は再び、まかり通る。

翌年、28歳。僕はある案件を引き継いだ。社内で一番の大口取引の案件を、なぜか急に引き受けることに。

急とはいえ、いつもどおりの引き継ぎだった。

「普通に対応してくれたらいいからね」


そう言われて担当した矢先、取引先からの怒号が飛んできた。


「どういうことだ!? そっちのミスだから問題なく処理するって言っただろ!? 」

取引先のカード会社の全回線が、料金未納で停止。

顧客にはまるで倒産したかのように見えてしまう。信用に関わる大問題が......。



何も知らされていない僕は大パニックに。

「その、何が起きたのか僕にも......」

「ふざけるな! てめえが責任者だろ!? 」


上司にも、そのまた上にも、なぜか庇ってもらえない。何を聞いても事情を説明されるどころか、糾弾される。前任者には連絡がつかない。

「何も聞かされてない? てめえが聴いてなかっただけだろ! 」


ワケがわからない。この事態を避けるために、何も知らない僕に何ができたというのか。

だけど、責任者は確かに僕。責められ、罵られ、泣きながら頭を下げる。これが、責任を負うということ......?


そのなかで、全貌は見えないものの、何が起こったのかが少しずつ察せられてくる。

サービス切り替えの際に前任者が処理をし忘れた事への対応が、後手後手になったらしい。


回収できない問題に膨れ上がったなら、会社として誰かに落とし前をつけさせなきゃいけない。

だから、僕に......。



会社で何を言っても聴いてもらえない。数年前に結婚していたけど、もちろん妻にも話せない。

誰にも真実を理解してもらえないまま、すべて僕が悪いということにされた。

僕のせいで、会社の一番の大口取引をすべて失った......ことになった。


取引先に謝るのはまだわかる。

会社の落ち度には違いない、そして僕はこの件の責任者だから。


だけど、部下である僕の言い分を一切聴かない上司やそのまた上が手を組んでいること。

僕ひとりを人柱にこの件を片づけようとしている会社の意図。


これが、わかってしまったから。


その事実に絶望した。



あの時と同じだ。

会社内のむちゃくちゃな教育に耐えかねて人ひとりが命を絶ったのに隠蔽された、あの時と。


会社は社員を人として見てなんかいない。

より大きなものを守るために、人の命や尊厳を踏みにじる。

ひとりひとりは心を人の心を持っていても、それは会社組織の論理に絡め取られる。隠蔽や冤罪に加担することさえある。


それは、中学時代のいじめとも同じ。

理不尽な事は、パワーでまかり通る。多勢に無勢。

自分を守ろうと戦う気力も残らないほど徹底的に潰された、心。


正義も真実も、求められていない。僕が犠牲になることが望まれている。

僕がすべてを引き受けることだけが望まれている。


会社は、僕の味方じゃない。

上司も、同僚も、味方じゃない。僕の話を聴く人はいない。


僕に、味方はいない。


僕にここにいてほしいと思う人は、いないんだ。



「だいじょうぶですか!? どうしたんですか!? 」


肩に重みを感じた。

これは、人の重み。人のぬくもり......?



振り返ると、見知らぬ駅員さんが僕の肩を抱えていた。


ああ、僕は、いま......。

キッカケ④:たったひとりの味方がいれば。

麹町駅の駅長室で出されたコーヒーはあったかかった。気持ちも少しずつ落ち着いてくる。


駅員さんによると、僕はあの場所に立って、電車を2、3本見送っていたらしい。

「何本も乗りもせずに線路を見ている人がいる」と通報があったとのこと。



促されるままにすべて話した。

ワケも分からず糾弾され、味方がいないと感じて......実際、いなかったから。だから、あの場所に立ってしまったこと。

起こった事も、胸のうちに渦巻く感情も、すべて話した。


「それ以外の事が考えられなくて、この世から消えてなくなりたいと思っていました。

 それでなくても大怪我をすれば、誰かに話を聴いてもらえる、同情してもらえると思ったんです。

 迷惑を掛けてごめんなさい」

「謝ることはないんですよ。おおごとになる前に声が掛けられて、いまこうして話ができて本当によかった。

 死んでも悲しむ人がひとりもいない人なんて、いないですから」

柔らかな、けれどもしっかりと芯の通った声で、駅員さんは言った。


「死んだら終わりですからね。人生一度きりですから」


目を合わせられずにいた僕は、はっと顔を上げた。


「死んだら、終わりです」



その後4年を掛けて、社内でトップ成績を取った。


朝7時から夜中の4時まで毎日働いた。

産前産後の妻に寄り添えず、家族を失った。電車内で倒れてパニック障害を発症した。


それでも、トップを取ろうと思った。

社内で僕と同じような状況にある人たちを救いたい。僕や、自死を選んだあいつのような人を、二度と出したくない。

そのためには発言力を得なきゃいけない......そのためには、社内で成績を上げなきゃいけない。


何を失っても......たったひとり、理解してくれた人がいたから。だからいまこの命はつながっている。


一度死にかけた人間が死ぬ気で食らいついたら、成果が出せた。

あの時僕を責めた人たちが掌を返すのを見た。


トップを取ったらやらせてやると約束されていた社内の改革は、けっきょくさせてもらえなかった。

家族と健康を犠牲にして成績を出しても、何も実現できなかった。犠牲にしたものだけが残った。

自分を犠牲にしたら、周りに影響する。僕の人生は僕ひとりのものじゃない。そう、感じた。



縁あって、35歳で転職した。人を大切にする社長さんだ。ここでならきっと、僕のしたかった事ができる。

新しい会社でも法人営業で大きな成果を上げた。


ただ、会社の事情で潰されてしまいそうな若い子を、こちらの会社でも見た。

上役全員を相手取って、前の会社で起きた事と僕の想いを話した。

「僕の給料を減らしてもいいから、彼らの話の聴ける環境を作りたい。もっと社員を大切にしてほしい」


成績は出していても入って2年目。出る杭は打たれた。



いま成績が良くなくても、マジメで、熱い想いを持った、可能性にあふれた人はたくさんいる。

そもそも、可能性のない人なんか絶対にいない。

そんなひとりひとりが、会社という組織のなかで潰れてしまう現実。


会社組織のなかで状況を改善しようとすること自体に、限界があるのかもしれない。

そこには利害関係があるから。個より優先すべきものがあるから。


それでも、組織の理屈で誰かの命や心が取り返しのつかないことになるなんて、絶対にあっちゃいけない。

たったひとりでも寄り添う人、寄り添い続ける人がいたなら、つながったはずの命。壊さずに済んだはずの体や心。


だとしたら、僕には何ができる? 見ず知らずの駅員さんの真心に命を救われた僕には、何ができる?

ひとりひとりに寄り添うことが会社内でできないなら、会社外からできないか?

その人とも会社とも利害関係のない立場から、本気で誰かの味方でい続けることが、僕にはできないだろうか?



「個性的でいい」

「マイノリティでいい」

「もちろん、マジョリティでもいい」

「あなたがあなたでいたらいい。その人生でいい。その人生が、いいんだ」


誰かが思い詰めた時に相談するのが当たり前の社会。

誰かが思い詰めた時に寄り添ってくれる人のいるのが当たり前の社会。


そんな文化のある世の中なら、それぞれの貴重な個性に自信を持って皆生きてゆける。

一度きりの人生を誰かの決めた“べき論”に押し込めて、自分を生きることを諦める人を、なくしたい。

あまつさえ、心身を壊したり、命を絶ったりする人なんか、ひとりもいてほしくないんだ。


同僚たちに慰められたように、あいつの死は僕のせいじゃないかもしれない。

でも、あいつの死を経験したのはほかならぬ僕の人生。


大口取引を失った大失態は完全に冤罪だった。

それでも、そんな理不尽を経験したのはほかならぬ僕の人生。


経験した事、なかったことにはならない過去を踏まえて、どう生きるか。

それだけは、僕次第なんだ。僕の自由であり、それこそが僕の責任。



「本当に辞めるのか? 待遇なら考えるぞ」

引き止める声を振り払い、僕は会社を去った。


悩み苦しんでいる人に寄り添える社会を作るため、その最初のひとりに僕がなる。


踏み出す僕の背中を、優しい風が押した。あいつの気配を感じた。

あいつは、僕のなかに生きている。



これが、僕の生きてゆく KeyPage。

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掲載日:2018年10月12日(金)

鍵人No.0086

大畑亮介(おおはた りょうすけ)

1980年生まれ。神奈川県海老名市出身。日本大学卒業。2003年に大手通信会社へ入社。法人営業として在籍。2012年度法人営業部門No1を獲得。2015年に IT ベンチャー企業へ入社。同社の SaaS 事業における営業部立ち上げに伴い営業責任者に就任。2017年に株式会社Lante を創業。

HP:https://lante.co.jp/

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