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キッカケインタビュー

やっと気づけた親父の愛を支えに――恋愛予備校経営の裏側で。

西村義信(にしむら よしのぶ)

東京ラバーズアカデミー代表

この鍵人のコンテンツ:

キッカケ記事

いま何やってるの?
傷つきたくない“いい人”が180日で自信にあふれた“イイ男”に生まれ変わる恋愛予備校「東京ラバーズアカデミー」を経営。フランチャイズ展開にも乗り出し日本の明るい未来のため日々邁進している。

男性向け恋愛予備校「東京ラバーズアカデミー」を経営する西村義信さん。昔の自分のような男性たちのためにと奮闘するなかうつ病を発症、その克服過程で気づいた、人生の本当の支えとは……?

キッカケ①:出逢いによって人生は変わる。環境によって人は創られる。

シャイボーイ。人目を気にして、誰ともまともに話せない。
見た目もダサければ、中身もサエなくてつまらない。眉のつながっていた中学時代についたあだ名は「砂鉄」。
高校デビューしようとバンドブームに乗ってギターを買ったものの、
バンドを組む友達もいなければ仲間を募るコミュニケーション能力もなかった。

心配だったのだろう、親父は僕にいつもこう言っていた。
「しっかり勉強して、公務員になるか、一部上場企業に就職しろ。世の中、安定が一番だ」

大学を出て僕は一部上場企業に入社。大手コンビニエンスストアの店長職を任されて2年が過ぎた。
ルーティンワークに飽きていた。ゼミの優秀な同期たちの近況に、ひとり焦ったりもする。

そんなある日。

「仕事が楽しみならば人生は楽園だ。
仕事が義務ならば人生は地獄だ」


本屋で、僕はしばらくその場から動けなかった。
ゴーリキという作家の遺した言葉だった。

確かに、男の人生の3分の2は仕事だろう。
その仕事がただ安定のため、お金のための忍耐と苦痛の時間だとしたら……。

1ヶ月後、僕は退職した。親父は何も言わなかった。

将来起業したいという漠然としたおもいもあり、営業力をつけようとその後訪問販売の会社に就職。
社員が逃げないよう受話器と腕をロープで縛るようなブラック企業だったが、そこで僕は尊敬できる上司と巡り会った。

僕ら部下に対しても厳しいが、自分にも厳しく、目標として立てた数字は言い訳せずきちんと達成する。
営業トップのH支店長。カリスマ性があり、そのリーダーシップに僕は憧れた。
中途採用の同期200人の次々と辞めるなか、
支店長に憧れてファッションを真似し、しゃべり方を真似し、自分なりに成績を伸ばそうと努力する僕はかわいがられた。
結果を出すとキャバクラに連れて行ってもらえた。

とにかくシャイでコミュニケーション下手だった僕。支店長との出会いをとおして僕は少しずつ変わっていった。
コミュニケーション下手だった僕が、コミュニケーション能力の最も必要とされる営業という分野で全国3位の成績を出していた。
学生時代のサエなさが一転、女性との交際もできるようになった。


出逢いによって人生は変わる。環境によって人は創られる。
人は、いつからでも変わることができる。

自らの変化、体験をとおして掴んだ確信だった。

キッカケ②:ないなら、僕が作ってやる。

勤め先の倒産など紆余曲折を経て、29歳の時に司法書士を志し専門の塾に通い始めた。
国家試験に4度失敗し、33歳にして浪人生という立場の僕。貯金も底が見えてきたので、アルバイトをすることに。
背に腹はかえられないこの状況、割の好い仕事を、と出会い系のサクラのバイトを始めた。
源氏名は「レイカちゃん」。33歳の僕がレイカと名乗って男たちの相手をする……そんな日々が始まる。

出会い系なので、ユーザーたちはなんとか僕と会おうとする。
けれどもサクラである以上、ユーザーとは会えない仕組み。そういう仕事だ。それが仕事なのだ。
なんとかして会えない理由を作り出してゆく日々に、良心の痛みは増すばかり。

入社して1ヶ月。トップ成績を出していたものの、

「このままじゃ、本当に人間が腐ってしまう……」

葛藤は尽きなかった。
法律家をめざしている人間が、グレーゾーンとはいえ、こんな事をして……人を騙してお金を稼いでいるなんて。

ある日、思いきって社長に相談。胸の内の葛藤をすべて話してみた。
すると社長は言った。
「西村、俺たちは夢を売ってるんだよ」

お金を払わなければ恋愛できない男たち、いや、お金を払っても恋愛できないかもしれない男たちに、お金と引き換えに夢を与える。
恋愛をしている、恋愛ができるのだという夢を与える、そういう仕事なのだ。
淡々と語られる恋愛ビジネスの現実。僕は悟った。これ以上、ここにはいられない。

社長の語る恋愛ビジネスのルールに黙って加担し続けられない僕は解雇され、僕もそれを受け入れた。
帰り道……はらはらと泣けてきた。
グレーでダークな恋愛ビジネスの現実に。
誰もしあわせにしないビジネスでお金が回っている現実に。
そこにお金をつぎ込んでしまう男たちが大勢いるという現実に。
間違った事を言っていないはずの僕の意見の通らなかった現実に。

悔しさにしばらく泣いてから、はたと立ち止まった。


僕がクリーンな恋愛ビジネスを作ってやる。


何の実りもないビジネスにお金を注ぎ込む男たちがいるということは、満たされていないニーズがあるということ。
そのニーズにきちんと応えられる受け皿がないからこそ、誰もしあわせにしない恋愛ビジネスが成り立つのだ。
だったら僕がその受け皿を作ろう。僕のようにサエない学生時代を過ごした男性たちの力になりたい!!

男性専用の恋愛予備校をやろう。
付け焼刃のテクニックを身につける場や恋愛した気になれる出会い系ではなく、本当に魅力的な男を育てる恋愛予備校を作ろう。

ようやく見つけた僕の使命。
悔しさに震えていた僕は、いつの間にか、使命を見つけた喜びに心震わせていたのだった。

キッカケ③:うつ病、父とのすれ違い。

「いやいやいや。まず、お前がモテないじゃん」

いざ起業しようということで、アドバイスや応援を求めて家族や友人50人に僕の構想を話してみた。
その結果、全員が全員反対。支持率ゼロパーセント!
浪人生時代に僕は勉強以外の事をほとんどせず、人との交流もずいぶん減っていた。
営業マン時代に手に入れた輝きをいつの間にか失っており、「お前が恋愛予備校の校長なんて、説得力が……」ということだった。

ただ、僕には確信があった。
校長自身がモテるということより、校長が生徒を信頼し愛情を以てサポートするということが何より重要なのだと。
講師はアウトソーシングで集めることにし、約1年かけて各分野のスペシャリストの協力を確保。
2010年、第1期生6名とともに、34歳の僕は「東京ラバーズアカデミー(TLA)」開校を実現した。

そこから7期まで順調に拡大、2年後には某テレビ局の有名番組にも取り上げられることに。

そして、それは突然起こった。


授業中、突然手が震えだした。
異変を感じた講師や生徒が声を掛けてくるが、目が合わせられない。
腹の底からせり上がる恐怖心。会話ができない。立っていられない。

対人恐怖症を併発するうつ病と診断された。
あとの事は共同経営者が引き受けてくれたので、7期生卒業と同時に僕は実家に引きこもった。

SNSからも消えた。貯金も使い果たした。自殺未遂も起こした。

1年8ヶ月が経った。

ある日のこと。

人ごみに紛れるとなおさら涙が出るから
やっぱり一人になろうとした
それでも寂しくて……

ラジオから流れる歌声が偶然耳に入った。

真っ直ぐ真っ直ぐもっと真っ直ぐ生きてえ……
寂しさに涙するのはお前だけじゃねえ……

鉛のように重く沈んだ心に、まっすぐ染みとおる声、言葉。
長渕剛の「Myself」という曲だった。

引きこもってから、初めて号泣した。
恐怖心や悲しみさえ感じなくなって久しい僕の心が動き、涙がこぼれ、衝動が胸を衝き上げる。

何だ……何やってんだ、俺……!!!
俺は、俺は……!!!


その日から僕は少しずつ回復していった。
ものを食べておいしいと感じられるようになった。日によって変わる空の色に感動するようになった。
そして、共同経営者に任せて一度逃げたTLAにもう一度挑戦しようという意欲が湧いてきた。

僕の引きこもっていたあいだ、そしてその前から、深く関わり合い心の内を話し合うことのなかった親父に、その決意と覚悟を話した。
すると、

「お前には起業は無理なんだ。一度思い知っただろう。いい加減諦めろ」

返ってきたのは容赦のない言葉だった。

「どこでもいいから就職してくれ」
「悪いけど、何を否定されても、生き方にだけは干渉されたくない」
「なんだと? そこまで言うなら……」

その結末を予測してあらかじめ荷物をまとめておいたスーツケースひとつ。
それだけを引いて、親子の縁を切られた僕は実家を出た。
38歳だった。

キッカケ④:僕の本心、そして親父の愛に気づいて。

漫画喫茶に寝泊まりして、5日目。
近くのスーパーの惣菜に半額シールの貼られるころに翌日の昼ごはんまでを調達し、帰宅……いや、漫画喫茶に戻る。
最安の席を取りおにぎりをかじりながらパソコン仕事を少し。
キリの好いところで片づけてリクライニングシートで寝ようとしたその時、頬を温かいものが伝った。

「ふかふかのベッドで寝られる……それは、当たり前なんかじゃない……」


これまでも、親には感謝しているつもりだった。
感謝はしているけれど、それはそれ。その一方で彼らは僕のことを一向に信用してくれず、
内におもいを溜めながら黙っているか、口を開けば否定や非難の言葉を浴びせるか。
僕だって人間だ。否定され続けたら心を閉ざす。
そんな関係性の両親に抱いてきた感謝、それはなんて薄っぺらかったのだろう。

「ありがとう………」

噛み締めるようにつぶやき……気づいたら眠っていたようだ。
翌朝目覚めたのはもちろん漫画喫茶だったが、僕には目に入るすべてがこれまでとは違って輝いて見えた。

ホームレス生活を続けるなかで、起業家仲間が「西村復活祭」を企画してくれた。
思いきって僕は親父を呼んでみた。
サエなくて頼りなかった子どものころの僕や、うつになり引きこもっていたころの僕のイメージで僕を見続ける親父に、
いま傍にいてくれる仲間たちを会わせ、僕を見直してもらいたかったのだ。

「親父の知っている僕が僕のすべてじゃないんだ」

親父は復活祭に来てくれた。いつもと表情が違った。僕の心のなかで何かが動いた。
一度、きちんと話してみよう。
そう決意し、翌日実家に向かった。
駅から家までの道中、これまで僕を決めつけてきた親父の間違いをどう指摘し、納得させ、論破してやろうかと考えていた時……

それは、ふとした事だった。

「俺は、親父のことをどのくらい知ってるんだ? 」


実家の扉を開き、僕は、開口一番親父に謝った。

これまで僕のことをまったく理解してくれないと思っていた親父。
けれども、理解しようとしなかったのは僕のほうも同じだった。
親父の生年月日すら記憶はあやふや。こんな僕に、偉そうに何が言えるだろう?

ごめん。ごめんよ、親父……!!!
傷つけたかったわけじゃない。言いくるめたかったわけじゃない。ずっと、認められたかったんだ。ずっと、安心させたかったんだ。
ただ、親父と僕とは別の人間で、時代も変わってしまったから、親父の思うような形で安心させることができなかっただけなんだ……。

親父との確執はその日を境に解けてしまい、僕はTLAの再生に邁進。
経営を立て直し、多くの生徒さんを輩出し、メディアからの取材も数多く受け、しあわせな毎日を送っている。
TLAを全国展開し、「恋愛教育を義務教育に入れる」という夢をいつか叶えたい。
本気の恋愛は人を成長させ、人生を変えてくれるから。

2017年2月。
親父は68歳という若さでこの世を去った。


やっとわだかまりが解けて本音で話せるようになったのに。
やっと立派な姿が見せられると思ったのに。
やっと安心してもらえると思ったのに。
やっと、少しくらいは僕のことを自慢してもらえると思ったのに。

ずっと、認められたかった。ずっと、安心させたかった。
親父は僕の自慢の親父だから。尊敬しているから。
親父ほど強さと優しさを兼ね備えた男はいない。
曲がった事が嫌いで、人望があって、退職してずいぶん経つのに150名もの方が通夜に駆けつけてくれた。

遅すぎたかもしれないけど、天国で少しくらい自慢してくれるかな?
俺の息子は大志を持って、日本の恋愛や結婚を変えようと働いてるんだぞ、って……。


自信のなかったころも、迷走していたころも、挫折して引きこもっていたころも、ずっと見守ってくれた無償の愛。
時には厳しい言葉で、時には親父自身の意にすら反した言葉で、僕と向き合ってくれた親父の愛。
心の通い合ったように感じられた期間はわずかだったけれど、気づかなかっただけで、その愛は変わらずずっとここにあった。



あなたの息子に生まれてよかった。

これが、僕の届けたいKeyPageです。

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掲載日:2017年09月01日(金)

鍵人No.0055

西村義信(にしむら よしのぶ)

1976年、千葉県生まれ。大手コンビニエンスストア店長、営業職などを経て、東京ラバーズアカデミーを起業、設立。日本テレビ「ZIP」や「ニノさん」などメディア取材多数。 東京ラバーズアカデミーHP
http://tokyolovers-academy.com/

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