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キッカケインタビュー

「おもしろい」は、つくれる。──孤独なぼくの友達のつくり方。

三宅貴展(みやけたかのぶ)

16世代コミュニティ運営者


この鍵人のコンテンツ:

キッカケ記事

いま何やってるの?
IT企業で営業をしながら、2016年に社会人になった人たちのコミュニティを運営し、異業種交流の場を設けています。

友達ができず、いじめを受けていた三宅貴展さんは、現在2016年に社会に出た人のコミュニティを運営。転機はYouTubeの漫才動画でした。友達ゼロの少年がコミュニティを運営するに至るまでを振り返ります。

キッカケ①:楽しくないのは嫌だけどさ。

「友達がひとりもいない」

というのは、大抵の人にとって誇張表現だ。
話し相手はいるのに自分がそれを友達と認めていないとか、
気心知れた人は数人いるものの「友達がいない」と言えばキャラが立つからそう言うとか。

ぼくの場合、文字どおり友達がいなかった。本当に、ただのひとりも、だ。
姉貴は11歳上、いとこは10歳上。ぼくが物心つくころには、彼らは中高生だ。そんな大人の会話のなかでぼくは育った。
姉貴や両親の会話を一歩引いて客観的に観察し、自分の感情や立場も俯瞰して見、モノを言う。
「変わった子だね」「冷めた子だね」なんてよく言われていた。
でも、そうでない生き方なんてした覚えがないから、これがぼくにとっての「普通」。



とはいえ、そんな奴が同い年の集団のなかにいれば目立つのだろう。
同世代の子にとってぼくは、自分たちの予想の範疇を超えた、得体の知れない、目障りな存在だから。
中学生のころにはぼくは、友達が出来ないだけでなくいじめられるようになった。
理解できない存在は、集団の安全を脅かすと判断される。
思春期の子どもたちにとって理解不能なぼくは、当然攻撃の対象になった。

学校に持って行くスクールバッグの取っ手がちぎられる。
教科書やノートが破られる。
掃除ロッカーのなかに閉じ込められる。
すれ違うと舌打ちされる。
体育の授業でぼくの番になるとクラス中からブーイングが起こる。
合唱コンクールでステージに立っているあいだ、ずっと後ろから蹴られる。
ある時机に置かれた手紙に書かれていたのは
「嫌いな男子ランキング
 1位……三宅貴展
 2位……三宅貴展
 3位……三宅貴展」



鈍感な教師たちでさえ気づくレベル。
ただ、彼らにとって「いじめ」というのは厄介事だ。
解決する気なんて、さらさらない。もちろんそんな能力もない。
そもそも学校には、大人の社会とは別に子どもの社会が存在する。
子ども社会に大人が入ってくるのは、邪道だ。子どもには子どもなりのルールがある。

銀杏を掃除する銀杏係のぼく。
スクールバッグの取っ手が切られたので、切った奴のバッグに銀杏を詰め込んでみた。
教室中に立ち込める異臭。その日から奴のあだ名は「ギンナン」だ。

金銀銅メダル総取りの、1位から3位までぼくの名前の書かれた「嫌いな男子ランキング」の手紙。
そんなものは、黙って担任の机に置いてみる。その後どうなったかはご想像のとおり。

「モノは壊さない」「相手は傷つけない」
この2点だけをルールに、ぼくはいじめを理由に、いたずらで仕返ししていった。
もちろん、いじめはさらに激しくなるのだけど。こちらのいたずらも激しくなるだけだ。



はっきり言って、いじめという行為にも、いじめられることにも、いじめるクラスメートたちにも、関心がなかった。
不快ではあるし、痛いおもいをすればもちろん痛い。
ただ、「だからこいつらが憎い」とか「ぼくが変だからいけないのかな」とか、まったく思わなかった。

「多感な時期だし、反抗期っていうのも彼らなりの成長のプロセス。大目に見てやれ、孤独なぼく! 」
そんなふうに俯瞰して自分のことを見ていた。

そう表現すると、つらさを抑圧して無関心を装っていたのか、なんて疑われるかもしれない。
でもそれは違う。初めから関心のない相手や行為に対してつらさもへったくれもない。

まあ、強いて言えば、毎日通う学校が楽しくないことがつらいといえば、つらいかもしれない。
楽しい青春を過ごす学生生活というものは、ぼくには存在しなかった。

なんだかんだ真面目でもあったので、学校には通い続けた。
中学校は皆勤で卒業、卒業式で表彰され、僕をいじめた奴らを壇上から見下ろしたのだった。

キッカケ②:大切な事は、みんな漫才から教わった。

高校3年のある日。ある大学の経営学部の1期生募集の広告を電車内で見つけた。
「学部の1期生か。おもしろいな」

日本で偏差値が最も高いという東京大学理化Ⅲ類に合格する高校生より、ある学部の1期生で入学する高校生のほうが少ない。
希少価値があるっておもしろい。それだけの理由でその大学への進学を決めた。



同じころ、さすがに家族がぼくのことを心配し始めた。
友達がひとりもいないこの子は将来どう生きてゆくのか、と気遣う気配が伝わってくる。

はっきり言って、いじめられることと親に気遣われることを比べると、前者のほうが楽だ。
いじめは自分でどうにでもなる。でも、親が悲しむのは自分もつらい。
ぼくはいじめに対してまったく問題意識を持ってなかった。
むしろ、「仕返しにいたずらをしてもそもそも被害者だから絶対怒られないし、いいじゃないか」ぐらいに思っていた。
でも、親は心配するし悲しむ。この状況はどうにかしなきゃいけない。
まあ、それに、友達がいないよりはいたほうが楽しいだろうし。

よし、友達をつくってみよう! ……と思ったものの、友達なんか出来たことがないからつくり方がわからない。
そもそも、「友達のつくり方」って何だ??
「友達の多い奴ってどんな奴かな……」

「友達の多い人」→「おもしろい人」→「芸人」
連想ゲームをして行きついた結論は、「芸人」だった。
おもしろい奴の周りには人が集まってくる。こっちから近づかなくても寄って来るだろう。

ぼくもおもしろくなろう。芸人になろう。



思いついたその日から、YouTubeでお笑いの動画を観まくった。
昔の漫才コンビ、バラエティ番組……、とにかく「しゃべり」に関する動画をひたすら観た。
特におもしろいと思ったのは、ツッコミの秀逸な「サンドウィッチマン」。
昔の漫才は、ボケの人が中心だったが、「サンドウィッチマン」は、ツッコミがおもしろい。
どんなボケが来てもツッコミが上手ければ笑いが生まれるし、同じように、ツッコミがすべればすべてがサムくなるのだ。

ツッコミや返しを観察しながら自分に置き換え、応用して、高校で試してみた。周りの目が少しずつ変わっていった。
いじられた時にぼくがおもしろい返しをすれば、人が集まってくる。おもしろさは環境を変える力を持っているのだ。

お笑いには話題の引き出しが必要だということも学んだ。
「サンドウィッチマン」や「爆笑問題」は、しばしば時事問題をネタにして漫才をする。
人にも世間にも興味のなかったぼくは、これをきっかけに、意識的にいろんな事に関心を持つようになった。


すべては、ぼくがおもしろくなるために。友達をつくるために。

キッカケ③:環境を変える力。

大学とは、全国いろんな土地から人の集まってくる環境。ぼくをいじめた奴もいない。
まさしく大学デビューだ。

いじられキャラとして大学デビューしたぼくは、ひたすらいじられる。
返しがおもしろければ人が集まってくるし、一旦いじられキャラが定着すれば、すべってもややウケる。
「すべり芸」というやつだ。

自分が誰かと話す時だけでなく、人と人が話しているのを見ても、
「この人の何を引き出すと場がおもしろくなるかな」という視点で観察し、検証していった。
想定外の反応が返ってくれば、それも自分の引き出しにストックし、武器にしてゆく。

いじりといじめは紙一重。テレビの向こうでも、現実の人間関係でもそうだ。
おもしろければいじりになる事が、優しさと配慮がなければ「サムく」なる。優しさと配慮がないから人を傷つける。
誰かを傷つける笑いは、お笑いでもいじりでもない。いじめであり、批判の対象になるのだ。
逆に、おもしろければすべてが正当化される。「おもしろさ」に勝る価値はない。



新鮮な大学生活も1年もすると色褪せてきた。合コンもサークルもつまらない。

お笑いの相方を探していたら、よそでツッコミをしていた人とmixiで知り合い、コンビを組んだ。
しばらくすると相方が「本気でやりたいから大学辞めることにした。お前どうする? 」と言い出した。

ぼくのなかでは、そのストーリーはおもしろくなかった。ありきたりだ。
たとえふたりで大学を辞めて何かしらの奇跡が起きて大成功したとしても、
結成エピソードを聞かれた時のことを考えてみたら明らかだ。
「大学時代に手応え感じて、大学辞めて本気で取り組んで、デビューしたんですよ」
……あまりにもよくあるエピソードだ。司会者が心のなかで「普通じゃん」と言うのがわかる。

それに、「芸人」は、笑いのプロだ。友達をつくるために「笑い」を少し勉強したところで、芸人になんかなれない。
ぼくには、彼らは超能力者なんじゃないかと思えることさえある。
「そもそも、芸人になりたいんじゃなかったな。ぼくは、おもしろくなって友達がつくりたかったんだ」


そんなある日、ゼミの説明会があった。ぼくの通う大学は3年生からゼミに入る仕組みなのだ。

大学の講義というのは、内容は素晴らしいけれど、講義する教授たちは大抵くたびれている。
くたびれたプレゼンターの提供する講義の受講は、なかなかのハードワークだ。
そんなハードワークが6講義分続き、7限目に、くたびれたゼミ紹介が始まる。
7限目なんて! そんな時間、大学生は、
生活費を稼ぐためのアルバイトに勤しむか、自分の魅力を必死にプレゼンする合コンというやつに必死になっているか、だ。

前時代を生きた教授たちのプレゼンなんて、現代を生きる20代にはまったく響いてこない。
大学3年生になったぼくは、数少ない尊敬する教授のうちのひとりのゼミに所属。
「学生たちがきっとおもしろがってくれるゼミ紹介を、ぼくが考えてもいいですか? 」
と、ゼミを受け持つ教授の研修室のドアを叩いて回った。

大教室を借りて、各ゼミのゼミ長がそれぞれのゼミを紹介する。教室にいるのは、学生だけ。
「実はけっこう宿題が多い」「単位が優遇されるかも」「企業の方と知り合いの多い教授だから、就活に有利! 」
教授という立場のプレゼンターからはなかなか聴けない、リアルなゼミの話が、そこでは聴ける。

1年前の大学2年生のほとんどは、くたびれた教授のくたびれたゼミプレゼンをなんとなく聞いて、消去法でゼミに入っていった。
今年の大学2年生は違う。
自分の所属するゼミを目の前で楽しそうに紹介する大学3年生を見ながら、
「1年後に自分はこんなふうになれるのかな」と不安と期待を半分ずつ持ち合わせて、プレゼンを聴いていた。
蓋を開けてみると、その年はゼミの応募者が殺到した。
それまでは学部生の半分がゼミに応募するくらいの応募率。それがその年は、学部生の8割が応募したのだ。



中学生のころは、いじめられても、学校がつまらなくても、仕返しすることしかできなかった。
それから時間を経て「おもしろさ」という価値を知り、身につけたぼく。
つまらない環境を自分の力で変化させたり、おもしろい環境に自分が移動したりするということを覚えた。

おもしろければすべて許される。
おもしろければすべて正当化される。
人生の価値は「おもしろさ」にある。

その確信を日々深めていったのだった。

キッカケ④:いま見えるものがすべてじゃない。

そんなこんなで就活の時期になる。
就活ポータルサイトのエントリーボタンを20社でも60社でも連打する同期を尻目に、
ぼくはいろんな会社の話を聴いてみようと何社か応募してみた。

面接を受けると、必ず希望の職種を聞かれた。
「営業希望ですか? マーケティング希望ですか? エンジニア希望ですか? 」
「やったことないので、わかりません」
結果、日本を代表する大企業や話題のベンチャー企業の人事の皆様が、ぼくの成功を祈ってくれた。
「三宅貴展さんの今後の発展と成功をお祈りします」

売上だか、利益だか、社員数だか、単位のよく分からない、とりあえず右肩上がりのグラフと、
ぐいーんと伸びる矢印、そして手の込んだ美しいコンセプトムービー。
企業説明会で見せられるのはだいたい同じだった。その会社のことが全然わからない。
面接で正直に、そのとおり伝えると、お祈りメールが届く。

ぼく自身、社会がどういった仕組みになっているのか、自分が社会に出てどんなふうに働きたいのか、
よくわかっていないのかもしれない。
そう考えたぼくは1年間大学を休学し、インターンという形でいろんな職種を経験させてもらった。

復学してもう一度就活をした。
有難いことに、おもしろい学生がいるということで、ぼくが興味を持った企業はすべて紹介で面接を組んでもらえた。
会社で働くとはどういうことなのか、社会がどうなっているか、がなんとなく見えるようになっていたので、
その企業で何がしたいかを自分の言葉で伝えることができる。
「就職活動」はそれだけでクリアできた。そのうちの中堅のIT企業に、ぼくは2016年に営業として入社した。



入社して1年が経ちふと思った。
「ITだけの世界」というのは、存在しない。
農業や漁業などの第一次産業、建設業、電気・ガス、生産加工の第二次産業、小売や飲食店などの第三次産業。
彼らのために働くのが、IT業界の仕事だと気づいた。
IT業界に閉じこもっていたら、視野が狭くなる。
他の業界に対して知見と敬意がない営業マンになってしまうし、IT業界に縮こまるなんて人としてもおもしろくない。

学校の人間関係でもそうだけど、「同期だから仲良く」なんて不自然だ。
「仲良くなった人がたまたま同期だった」というのが自然だろう。
自分がおもしろいと思う人、付き合いたい人と、ぼくは仲良くしたい。

そんな時にたまたま、同期の紹介で知り合って意気投合した奴と、2016年に社会人になった人のコミュニティを作ることにした。
初めはIT業界の人間ばかり4人から。業界外の人間にも声を掛け、次第に9人、30人、40人と集まるように。
シェアハウスを借りて交流会をしたり、忘年会をしたり、
「社会人2年目の修了式」をやっていろんな業界のクイズを出し合ったりしている。

相手が異業種というだけで、自分の常識とは違う常識を持っていたり、自分の知らない事を教えてくれたりする。
自分のなかの引き出しが増え、もっともっとおもしろい人間になれる。ぼくの周りに集まる人も、もっともっとおもしろくなる。
人生はこうやっておもしろく変えてゆくんだ。



いじめられても仕返ししかできなかった中学時代。
つまらなくても環境を変えることができなかった。関心がないのでつらくはないけど、つまらないことに変わりはない。

だけど、自分がおもしろくなれば人は集まってくる。
自分がもっとおもしろくなれば、もっとおもしろい人が集まってくる。
おもしろい人と付き合えば視野が広がる。ぼくはもっとおもしろくなる。集まる人ももっと……。
この循環じゃないかな。自分がおもしろくなるだけで、つまらない環境も人生も変えられるんだ。

みんながみんなぼくみたいに、いじめている人やいじめられている自分を客観視して対策を取ったりできる人、
いま目の前の物事に執着せず冷静にモノの見られる人ばかりじゃないと思う。
だけど、いまの環境があなたの人生のすべてじゃないし、永遠に続くわけでもない。
移せるなら環境を移せばいい。たとえ移せなくても、これがすべてじゃないというコトは頭の片隅に置いておこう。
執着するなと言われても難しいかもしれないけど、変に執着する必要はない。
いまの人間関係なんて、10年、20年後の自分の悩みじゃないから。

そして、こんなぼくと感性の合う人がいたら、ぜひ「おもしろくなる」ということに挑戦してみてほしい。
おもしろくなるだけで、周りのあなたを見る目は変わる。小さくも、大きくも、環境を変えることができる。
その積み重ねが、あなたの人生を変えるんだ。


ひとりも友達のいなかったぼくのつかんだKeyPage。あなたに響く何かがあればいいな。

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掲載日:2018年06月14日(木)

鍵人No.0100

三宅貴展(みやけたかのぶ)

1993年、東京都生まれ。小、中、高校時代ひとりも友達がおらず、いじめを受けた。高校時代にYouTubeで「サンドウィッチマン」のお笑い動画を観たのをきっかけに「おもしろさ」を追求し始める。都内私立大学の経営学部に1期生として進学、学内、学外で精力的に活動し、2016年に卒業。IT企業で営業をしながら、2016年卒の社会人のコミュニティを運営している。

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