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キッカケインタビュー

生涯途絶えることのない恩贈りを!ヒッチハイクで得た「人生の目的」

川角健太(かわすみ けんた)

株式会社オンリーストーリー 取締役
しあわせの種まき夫婦

この鍵人のコンテンツ:

キッカケ記事

いま何やってるの?
「御縁の恩贈り」という理念を元に、人と人を繋ぐイベンターとして活動中。また大学卒業後、株式会社オンリストーリーの取締役に就任し、“人つなぎのプロ”を目指して日々経営者の御縁を繋ぎ続けている。

株式会社オンリーストーリーの取締役を務める川角健太さん。ヒッチハイク日本一周で繋げられた人の縁。そこで気付いた人と人を繋ぐ「御縁の恩贈り」とは。

キッカケ①:本当の自分を失ったキッカケ

幼い頃の僕は、物怖じせず誰にでも積極的に話しかけにいく子供だった。
そのため気付くと沢山の人と親しくなっていて、近所の人達をいつも両親に紹介していた。小学生になっても相変わらず出会う人に興味津々で、いつも人の輪に入っていなければ気がすまなかった。そんな性格だったためか、良くも悪くも目立ってしまい、小学校5年生の時にとある集団から目をつけられ、イジメられてしまった。


「あまり調子にのるな!」


初めて自分を否定された僕は、『もう誰からも嫌われたくない…』ただそれを強烈に思うようになり、その頃から周りの目を常に伺うようになってしまった。親から、先生から、友だちから…人からの目線を判断基準にして生きる生活がはじまった。


本当はやりたいことも伝えたいことも沢山あったけれど、ただただ僕は周りの目を気にして“嫌われない役”を演じることでしか自分を保つことができなかった。勉強もそれなりにでき、大人からは「模範だ」とか言われたけど、実は本当の自分ではなかった。


「本当の僕は一体誰なんだろう?」


そんな自分に心底嫌気がさしていた。自分のことが大嫌いだった。


キッカケ②:再スタートを決めたキッカケ

高校3年生になり、自分の進路やこれまでの人生を振り返ることが多くなった。
偽りの自分で生きて、死んだような目で家に帰ると、そこには温かいご飯が待っていた。


「なぜ僕は、こんなに素敵な両親、恵まれた家庭にいるにもかかわらず、こんな生き方しかできないんだろう。」


きっとこのままだと後悔する…だから僕は本気で思った。


「こんな自分を変えたい。」


僕は付属高校だったが、大嫌いな自分のことを誰も知らない環境に行きたくて、逃げるように他大学を受験した。結果は不合格だった。気が進まないまま進学してみると、運良く僕を知っている人は近くに一人もいなかった。


「今しかない。ここからもう一度やり直すんだ!」


それからの僕は、理想の自分に近づくために明るい人間を精一杯演じた。
出会う人に笑顔で挨拶してみたり、積極的に話しかけてみたり、授業中に手を上げて発言してみたり。理想の自分は昔の自分なのに…過去のトラウマからか、意識して演じなければできなくなっていた。それでも、今はただただ頑張るしかなかった。


そんな中で、昔から自然が好きだったこともあり、とあるキッカケで旅サークルに入部することになった。
日本全国を歩き回り、現地の人や同じように旅をする人たちと出会う。旅先での出会いは、その場限りの出会いとなることがほとんどだからこそ、利害関係がない。僕は初対面の人にもありのままの自分で接することができた。

旅を通して、僕は少しずつ確実に理想の自分に近づいていくことを実感し、同時に旅というものに強く魅了されていった。気づけば1年間で26都道府県をまわり、大学2年生の春休みには47都道府県の全てを踏破していた。


キッカケ③:ヒッチハイクを始めたキッカケ

この旅の途中で計画した、四国一周電車の旅。
しかし、どう見積もっても四国まで行くための交通費がなく、僕は途方にくれていた。お金がないことを理由にやりたいことを諦めることをしたくなかった僕は、ふとヒッチハイクで目的地に行くことは出来ないものかと考えた。いや、無料で行けるヒッチハイクしか手段がなかった。



「ヒッチハイクして四国まで行ってくる!」



そう言って家を飛び出たが、いざヒッチハイクを行うとなると、どうすれば良いかわからず緊張で足が震えた。
「人の目が怖くて目立ちたくない」という、克服したはずの自分が現れた。その場所をただ歩き回り、時間だけが過ぎていく。だんだんと日が暮れて、このままではマズいと思った僕は2時間後にやっとヒッチハイクを始めた。スケッチブックに書かれた目的地の文字は、僕の心情を表すかのようにか細く頼りなかった。道端に立つとみんなが見てくる。笑われ、指をさされ、とても嫌だった。でも、続けるしかなかった。


「ヒッチハイカーかな?よければ乗っていく?」


それでもなんとか頑張り続けた結果、やっと停まってくれた一台の車。
頭を下げてその車に僕は乗り込んだ。これが人生で初めて僕が経験したヒッチハイクだ。その後も何台か乗り継いで、確実に目的地に近づいていく一方で、どんどん日が落ち、人気がなくなっていく不安にかられていた。

そしてついに、トイレと自販機しかない小さなPAで僕は一人取り残された。車もほとんど通らず、声をかけても断られ続けた。「もう無理か…」諦めかけた頃、一人の男性が声をかけてくれた。その人はさっき一度話しかけて、断られた人だった。


「君大丈夫?ここからどうするつもりなの?」


事情を話すと、その方は快く車に乗せてくれて自分の目的地と逆方向にもかかわらず、人が見つかりそうな大きなPAまで50kmもの道のりを乗せてくれた。車中ではこれまでの辛かった過去のこと、なぜ旅をしているのか、その全てを赤裸々に話した。その方は静かに聞き入ってくれた。目的地につくと、「何も食べていないでしょ?温かいものでも食べて。」と、うどんをご馳走してくれた。今まで食べた中で一番美味しいうどんだった。受け取ってばかりの僕に、お兄さんは言った。



「君に出会えて良かったよ。」


優しく投げかけられる言葉を聞いて、僕はそこで出会う人の優しさに触れヒッチハイクというものに感動を覚えた。

キッカケ④:日本一周ヒッチハイクの旅で気付いた恩贈りのキッカケ

四国の旅も無事に終わりすっかりヒッチハイクに魅了された僕は、今度はヒッチハイク日本一周の旅を実行に移すために休学をした。人と違った人生を歩み始めることは怖かったが、以前の嫌いな自分に戻る方がもっと嫌だった。本当に自分がやりたいこと、その気持ちに初めて素直になれた。


旅に出てから6日目、山梨県の石和から河口湖に続く道で、あるおじさんに拾ってもらった。
そのおじさんとはすぐに意気投合し、それから2日後にはなんと自宅に泊めてもらえることになった。毎日続く野宿の中で心身ともに疲れていた僕にはとても有り難いことだった。しかしその夜、ささいなことがキッカケで、僕はおじさんを怒らせてしまうことになる。おじさんは人が変わったように僕に怒り出した。僕はなぜこんな小さなことでここまで怒られなければならないんだろう。と不思議で仕方なかった。しかし、怒られた後おじさんは静かに僕に言った。/



「ごめんな。ここまでキツく叱ったのは、君にもっと成長してほしかったからなんだ。社会に出たらここまできちんと指摘してくれる場面には中々出会えないだろうから。」


僕はその時に、おじさんの愛と、そしてその愛に気が付くことができずにイラついてしまった自分自身の未熟さに涙が溢れた。


「これが人の優しさなんだ…」


それから僕は、自分の非を素直に受け入れることができる人になろうと決めた。


その後の旅も困難を極めた。
危ない目にも遭ったし、いくつもの出会いと別れがあった。しかしその中で経験した人の優しさ、厳しさ、愛。僕は自分自身が磨かれていく感覚を覚えた。そして189日をかけ、349台の車にヒッチハイクして日本一周をついに達成した。



車に乗せてくれる人、食べ物をくれる人、笑顔で頑張れと言ってくれる人、家に泊めてくれる人、お金をくれる人。ヒッチハイクを通して、僕は本当に沢山の人から無償の愛をもらった。


僕はどうにかしてこの恩を返せないかと思った。


「将来かならずビッグになって、恩返ししにきますから!」


出会う人出会う人に心の底から伝えたつもりだった。しかし、それを伝えた誰もが口をそろえていった言葉…


「今後もし君の目の前に困った人が現れたら、今度は君がその人を助けてあげて欲しい。それが恩返しになるんだよ。」


その言葉に僕は衝撃を受けた。そして同時に強く願った。


「恩を送れる(贈れる)人になりたい。」と…


旅を終えたあとに見える景色は変わっていた。僕は、もう次の目的地を見ていた。


自分の『人生』という名の旅の目的。人と人との間に生まれる縁。
たくさんの縁に恵まれる自分だからこそ、その縁を…今度は僕が繋いでいきたい。


それが僕にできる、唯一の恩返しだから。


これがヒッチハイクを通して気付いた、僕のKey Page…

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掲載日:2017年02月17日(金)

鍵人No.0005

川角健太(かわすみ けんた)

バックパック世界一周や、ヒッチハイク日本一周を経験。2015年後半に、婚約と取締役就任という2つの大きな決断をし、自分で本の出版も行う。 自然をこよなく愛する。

『オンリーストーリー』HP
http://onlystory.co.jp

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