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キッカケインタビュー

人を成長させるマジックを――マジックで人生を深めていった男の話。

秋谷慧(あきや けい)

マジックインストラクター

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キッカケ記事

いま何やってるの?
クローズアップマジックを専門とするマジックインストラクターとして、様々な【不思議】×【教育】×【コミュニケーション】を企画しています。マジシャンとしても活動中です。

マジシャンであり、マジックを教えるインストラクターでもある秋谷慧さん。いじめられた小学時代を経てマジックに出合った秋谷さんは、その後マジックをとおして人と関わることを学んでいったのでした。

キッカケ①:嘘と虚言で人並みに。

先生に呼び出されて僕を叱る時、母さんは僕の目を見てくれる。
僕の肩に手を置き、目を覗き込んで、言葉を掛けてくれる。
「どうして、こんなコトしたの?」



母さんも父さんも、僕にあんまり構ってくれない。
バイオリン教室には連れて行ってくれるし、おいしいごはんも食べさせてくれるけど……僕は、母さんたちともっと心を通わせたかった。
「ちゃんと見てもらってるんだ」と感じたかった。

でも、それが伝えられなくて。子どもだからというより、僕は言葉というモノが苦手なんだ。
ほかの子たちは、気持ちを伝えたり何かを説明したりするのがなんてうまいんだろう。
同い年の幼稚園の友達を見て、いつもびっくりする。僕には、どうしても同じようにできないんだ。


だから、僕はイタズラをする。椅子を引きずって幼稚園の体育館を駆け回ったりして、迷惑を掛ける。
呼び出された母さんに叱られる時、僕はうれしかった。
母さんは、その時ちゃんと僕を見てくれる。



幼稚園の年中の時、僕らは北海道に引っ越した。
通学はバスと地下鉄で片道2時間。最寄り駅から家まで、母さんが車で迎えに来てくれるんだけど。

駅から駐車場に向かうまでの通路に、薄暗い場所がある。
「いま、変な人がいた。ユーレイみたいなのが」
「え?そうなの?」

嘘だとバレなくても、バレていてもイイ。母さんが僕に答えてくれるのがうれしい。


言葉が苦手なだけじゃなくて。
クラスメートたちが当たり前のように聴いている学校の授業が、さっぱり理解できなかった。
“1+1”がどうして2になるのかわからない。国語でも生活科でも、先生の話すコトがちんぷんかんぷん。

「頭の悪い子と仲良くしちゃダメよ」
学校で僕は、悪口を言われたり殴られたりするようになった。

テストというのを初めて受ける時、僕は手を挙げた。
「わからないので、となりの人に聞いてもイイですか?」

あとで職員室に呼び出された。「テストの常識がわかってないのか?」
その常識というモノを誰も、僕にわかるようには教えてくれない。常識がわからないから、馬鹿にされる。
誰も教えてくれないからわからないのに……。

悔しくて、悔しくて。テストの時、となりの人の答えを盗み見するようにした。
すると、ちょっとは点が取れるようになった。
「なんだ。こうすればイイんだ」


親の気を惹くために嘘をつく。点数を取るためにズルをする。
親に構ってもらうために、友達を作るために、頭の悪いなりにできるコトをしなくちゃ。嘘だろうと、ズルだろうと。



1年生の途中で家庭教師の先生が変わって、新しい人がやって来た。

「よし、ケイくん。ケイくんは何が好き?」
最初の日、そう聞かれた。勉強の科目のコトを言っているのかな、と思ったんだけど。
「勉強じゃないよ。本を読むとか、アニメを見るとか、そういうのだと何が好きかな?」
「ゲームが好きです」

その先生は、予定の1時間めいっぱい使って僕とゲームをしてくれた。
「あの、お母さんに怒られないですか?」
「だいじょうぶだよ。お母さんとも話してるから」


高田先生というそのお兄さんは、僕に楽しいコトをたくさん教えてくれた。
手作りのおもちゃを持ってきてくれる。
大学というところに行ってみたいと言ったら、車で連れて行ってくれる。
覚えるのが苦手な僕のために、オリジナルの暗記カードや、漢字や言葉を覚えるダンスや歌を作ってくれる。

僕のためにこんなに良くしてくれる先生を、母さんは探してくれたんだ。
高田先生の優しさはもちろん、母さんの気持ちも僕にはうれしかった。



ただ、学校の成績が劇的に良くなったわけじゃなくて。
カンニングだって、毎回成功するわけじゃない。となりの人が間違っている時もあるし。

ある時、テストで60点を取った。
0点とか10点とかのころよりはマシだけど......僕は、家のドアを開ける前にペンを取り出した。
「お母さん!80点取ったよ!」

すぐにバレて叱られた。部分点をごまかし忘れていたんだ。
「こんなコト、いつまでも続けてちゃいけない」
そう感じながらも、「頭が悪いんだから、どうしようもないじゃないか」という気持ちは拭えなくて。


そういうコトもあって、5年生に上がってから、塾というところに通うことになった。
学校と違って、僕のためだけに先生がついてくれる。わからないところはわかるまでじっくり教えてもらえる場所。

ある時、その先生に言われた。
「勉強が苦手なのは、机に向かってないからじゃないか?」
そういえば僕には、学校以外で机に向かう習慣がない。
「机に向かって、鉛筆持って動かしてみる。それで変わるぞ。だいじょうぶ!」

その日から僕は、学校や塾から帰って机で勉強するようになった。
少しずつ、“わかる”という感覚がわかるようになってきた。
僕でもちゃんとわかるようになるんだ。うれしくて、勉強が楽しくなってきた。



その後の期末試験で、僕は82人いる学年の30番台に入った。
クラスメートの態度が変わった。いじめや嫌がらせはなくなり、話し掛けてくるようになった。

「点数が上がると、友達が出来るんだ」
違和感がないと言ったら嘘になるけど。それが世間の常識なら、それに合わせて生きるしかない。
良い点を取らなきゃ友達が出来ないなら、取り続ければイイんだ。

僕はどんどん成績を伸ばしていった。“友達”は増えた。でも、心は満たされなくて……。
そんな、僕の学校生活。

キッカケ②:ふたりの親友との時間。

大学卒業を期に来られなくなった高田先生と入れ替わるように、塾で見てもらえるようになって。
「成績が上がれば友達が出来る」という原動力もあったけど、何かを知ったり理解したりする純粋な喜びもあった。

塾の夏期講習にも参加した。いつも見てくれる先生以外の先生にも教わった。
そのなかのひとりが、休憩時間にマジックというのを見せてくれた。トランプが消えたり、とんでもないところに移動したりするんだ。
そういえば、テレビでも見たコトがある。
すごいな。大人ってこんなのできるんだ!



バイオリンも続けていて、地元の放送局のオーケストラで演奏してきた。
音楽と勉強を両立したいし、同じ地域の中学校に行く気もなくて、受験をして別の私立中学に進学。
そこでの成績も良くて、得意になっていたんだけど。ひとりだけどうしても抜けない子がいた。
入試でトップだったんだ、なんて噂も。しかも、何か特技があるらしい。
「悔しい。なんであいつだけ抜けないんだ」

夏休みに勉強合宿があって、僕はその大浦と同じ部屋になってしまった。
「なんでこいつと......」僕が意識しているだけなんだけど、気まずい。気まずくて、不機嫌になってしまう。
そんな様子に構わず、彼は僕に話し掛けてきた。
「秋谷、ちょっと見てほしいんだ」


彼は僕の目の前でトランプを切り、僕に1枚選ばせ、その数字を言い当ててみせた。
そのカードを山札の中ほどに入れる。もうどこにあるかわからない。そうして彼が指をパチンと鳴らすと……

「なんで!? どういうコト!? 」
山札の一番上のカードをめくると、そこにはついさっき僕の選んだカードが。
真ん中に入れたはずのカードが、山札の一番上に移動していたんだ。あり得ない! 物理的にあり得ない!!

「何これ!?」
目を丸くして食いつく僕に、彼はニヤッと笑って答える。
「マジック。いまハマってて、新しいの練習してるんだ。ほら、こうやって、こうやって……」



テレビで見たのは、テレビの向こうの話。塾の先生がやってみせたのも、なんだかんだ“先生”“大人”というフィルターがあって。

それなのに、僕と同い年の男の子が、あの大人たちと同じすごいコトを僕の目の前でやってみせる。
わかるはずのないカードの種類を言い当てたり、さっきまでここにあったカードを一瞬で移動させたりする。
タネも仕掛けも......間近で見ているのに、さっぱりわからない。

何なんだ、これ!?



合宿を終えたその日、僕はマジックの本とトランプを買った。夢中になって練習すると腕はどんどん伸びていった。

大浦とも意気投合した。
練習しているマジックを教え合うのは日常茶飯事。
新しい手品グッズを買ったら先生に見つからないように学校に持って行き、トイレの個室にこもってネタを見せ合いっこする。


勉強で勝てない悔しさをこじらせた、彼を敵視する気持ちは、そうして過ごすうちにとけていって。
「こいつ、めっちゃイイ奴じゃん。おおらかで優しくて、俺のコト気に懸けてくれて」
こっちが持っていた壁を取り去ると、人として純粋に心を通わす“友達”として彼と付き合えるようになったんだ。

良い成績を取れば友達が出来る、テストの点がすべて。そう思っていた。
でもそんなの、あの小学校の常識に過ぎなかったんだ。世間の常識じゃなかったんだ。
人と人は、こうやって友達になるんだ。心に持っている壁や抵抗感を取り去って、心と心で付き合うことで。



大浦と過ごした時間が楽しくて、大切で、尊すぎて。
父さんの転勤で東京に引っ越すことになった時、彼に言い出せなかった。

引っ越しまで1ヶ月を切った中3の正月。彼は僕に年賀状を寄越した。
「秋谷、なんで言ってくれなかったんだよ」

後悔と、恥ずかしさと、申し訳なさと。複雑に入り混じった感情を抱いて、転校前に一度だけ大浦と会って。
「これからもマジック続けような」
大切な友達と約束して、僕は東京の地に引っ越したんだ。



こうして進学した東京の高校だけど、僕には太刀打ちできないレベルで。自信もプライドもへし折られた。
さすがに高校生、成績を理由にしたいじめなんかないものの、“勉強のできない自分”が見下されている気がしてしまって。
担任には呆れられるし。マジックと音楽以外に楽しみが見出だせなくなった。
授業をサボって音楽室でぼおっとしたり、消音器を付けて寮で楽器演奏したりして過ごした。

2年生に上がったある日。いつものように音楽室に行くと、先客がいた。男の子がピアノを弾いている。
「たまにサボってる子だよね?」
サボり癖のある者同士、顔だけは知っている。でも、クラスも別だし、言葉を交わすのは初めて。


これが、コウちゃんとの出会いだった。僕は彼にマジックを教え、彼からはピアノを教わるように。
どちらからともなく誘って学校帰りにファストフード店で過ごしたり、カラオケに行ったり。典型的な学生ライフを初めて持った。
物腰が柔らかで、楽観的な視点で相手を安心させてくれる奴だ。彼には心のうちを話してみようかな、と自然と思えた。

「俺、勉強ができなくてさ。田舎出身だし、東京の奴にどう思われてんのか気になって」
「何とも思ってないんじゃない?お前はお前だよ。むしろ、北海道の田舎モンが東京で頑張ってるってすげぇコトじゃない?」

そんな考え方があるのか!コウちゃんの柔軟な考え方は、ひとつの考え方に凝り固まりがちな僕の視野を広げてくれた。
「マジックとか音楽とか、ケイには強みがあんじゃん。それを活かしていけばいいんだよ」



強みを活かすということ。
ない知恵を絞って、図書館でマジックの本を読みあさったり、最低限だけど授業でも頑張るようになったりした。

そんななかで、ふと高田先生のことを思い出した。
「人に何かを教えるって、イイよな。教える......僕も教えるとしたら......」

大浦とのやり取り、コウちゃんの言葉がそこに重なる。

「家庭教師でマジックを教える、なんて......」



そのアイディアはアイディアで終わったんだけど。
もっとマジックを究めたいと思い、周囲の反対を押し切って物理数学の修められる大学に進学した。

ただ学位を取るだけじゃなくて、モラトリアムとして大学に行くんじゃなくて。
マジックに応用できるような勉強がしたい。その先に何があるのか、まだ見えないけど。

キッカケ③:人を観察するということ。

大学ではもちろんマジックサークルの扉を叩いた。
すると......

「え、クローズアップマジックはやらないんですか?」
「やらないわけじゃないけど、ステージマジックが中心なんですよ」

先輩方の発表を見せてもらった。
スケールがでかい。傘を出したりハトを出したり......こんなコト、大学生にできるんだ!?
「僕のやってきたマジックって、狭かったんだな!」
新鮮なエッセンスを吸収するためにも、迷わず入会した。



ステージ中心のマジックサークルでは、飛び交うアイディアが斬新で。
お客さんをどう楽しませるか、技と技のつなぎは、とあれこれ意見を出し合い、切磋琢磨する。

とはいえ、カードを中心としたクローズアップマジックは6年やってきた僕だ。
クローズアップには自信がある。ステージマジックを学びながらも、クローズアップでは一廉の存在になれるんじゃないか。


「ケイのマジックはさ、ワザに頼ってない?」
同期のハルキの言葉は、そんな僕の心に刺さった。
「技術より、いかにお客さんを楽しませるかのほうが大事じゃない?もっと人を見たほうがいいよ」
「……そうだね」
それは、そうかもしれない。そうかもしれないけど。

差し障りのない相槌は打ったものの、内心では反発していた。
「俺はお前より長いことマジックやってきたんだよ……」
確かに、彼の言う事にももっともなところがある、と薄々感じながら。

心のなかで自分を正当化しようとしながら、同時に、
「俺って......プライド高いんだな」
冷静に観察する自分もいた。

考えてみれば、それはそうかもしれない。
子どものころから人と比べられて、何かで一番を取っては安心し、それが崩されてはへこんできた僕だったんだから。


コトは続くものだ。ハルキにズバリ言われた翌日、人前でクローズアップマジックを披露する機会があった。
ソツなくこなした僕に、一番近くにいたお客さんは言った。
「ワザはうまいんだけどね。なんか足んないよね」

考えるより先に口が動いていた。
「なんか足りないって、何ですか?何が足りないんですか?」
「うーん。心がない。自分のワザ見せて満足してる感じ。それって、ジコマンじゃない?」



涙が止まらない。心外だからじゃなくて……そのとおりだったからだ。

ハルキとお客さんが同じコトを言ったのは、偶然じゃない。そう言われる原因が僕にあるからだ。

冷静に考えると、当たり前だった。
これまで18年間、ほんの数人を除いて、心を開いて人と付き合ったり人を観察したりするというコトを僕はしてこなかった。
人の気持ちを考えるという経験が、僕には圧倒的に足りていなかったんだ。


悩みながらも自分なりに交友関係を広げて、もちろんマジックも続けて、2年目。
なんだかんだクローズアップは僕が随一だったので、サークル内のクローズアップマジックの責任者を任されることに。
新歓の時期にレクチャー会を開くんだ。
毎週1回10人から20人くらいの新入生に、クローズアップの技を10個教え、興味を示した子には入会を促す。

トータル100人は教えたか。それだけ教えると、ひとりひとりの違いが見えてくる。

ある子はざっくりとしたコトがわからないと言い、また別の子はカードを置き方なんて細かなところに疑問を持つ。
やり方だけ教えればあっさりトライしてみる子もいれば、仕組みを教えてやっと納得する子もいる。
手の癖を直してあげたほうがイイ子もいれば、自発的に考えるから細かく教えないほうがイイ子もいる。

「ケイは、もっと人を見たほうがいいよ」
こういうコトだったんだ。僕は、本当に人を見ていなかった。
でも、ちゃんと相手を見るように心掛ければ、こうして喜んだり満足したりしてもらえるんだ。



そんな折、ハルキが声を掛けてくれた。
「最近、ちゃんと見てんね。イイじゃん」
そんな変化に気づいてくれるほど、ハルキは人のコトを観察しているんだな。

偶然にも通学ルートが同じ。ハルキと、たくさんの時間を過ごすようになった。
もともと野球部だった彼は、あるプロマジシャンのステージを見てマジックを始めたという。
そのマジシャンは、技術以上に身なりやお客さんに与える印象のほうを重視していたそうで。
エンターテインメントとしてのマジックを、ハルキはやってきたんだ。

一方僕は、どちらかというと専門的にマジックを追究してきたタイプだ。両極端。
ハルキと話しながら、僕もだんだん、エンターテインメントとしてのマジックという捉え方のほうが座りがイイかなと感じるように。
もしかしたらハルキのほうにも、専門的にマジックをやってきた僕から影響を受けるところがあったのかもしれない。



アルバイトで家庭教師をしていることもあって、ふと高校時代を思い出した。
「家庭教師とマジック……って、そういえば前に」

自分がマジックをやるだけじゃなくて、人にマジックを教えたい。
マジックをきっかけに大きく変われた僕。こんなに可能性を秘めたものを、もっと多くの人に知ってもらいたい。

新歓のレクチャー会とは別に、カードマジック講座を始めた。
人が来ないのであちこちのマジックのイベントに参加して、業界の方に顔を知ってもらうようにして。
マジックの大会にも出場した。その縁でマジックバーやレストランでのお仕事を頂くことに。
普段の生活圏では出会えないような人と接することで、教養が広がったりマナーが身についたりした面もあったかもしれない。


そんなある時。

「あなたも講師になれます」

いろんなジャンルの専門家を講師として募るウェブサイトを見つけた。オープンしたばかりらしい。
各ジャンルのプライベートレッスンを展開する、講師と生徒のマッチングサイトだという。

募集一覧のなかに、ドンピシャな一文を見つけた。
「手品講師募集」



これが、次の挑戦への第一歩だった。

キッカケ④:技術を越えて伝わるもの。

僕はそのサイト、「サイタ」に登録し、手品講師としての活動を始めた。
生徒さんは好きなジャンルの講師の無料レッスンを受けて、続けたい場合は入会して継続レッスンを受ける、という形だ。

初めのうちは生徒さんも来ないので、ブログを書いて自分を知ってもらうところから始めた。
地道に活動していると、ある日、最初の無料体験レッスンのお申し込みが!



約束の時間の1時間前に、門前仲町のコーヒーチェーン店の奥の席に就いた。
「念のため」と、まず使わない資料まであれこれ持ってきたので、荷物が異様に多い。

時計を見ながらマグカップを何度も口に運び、もう空だったと気づいては置いて、でもまたカップをつかんで......。
ううん、落ち着かない!


約束の19時、その方が現れた。30代の、釣具屋を営んでいるという男性。
「秋谷です。今日はよろしくお願いします」
と、口を動かした。

口は、動かした。

「声が出ない……!?」
緊張しすぎて声が出ていない。ヤバい。何やってんだ、どうするんだ!?
そして気づく。ネタを忘れた!今日教えるつもりだったネタが、全部吹っ飛んでしまったんだ。

様子に気づいたのか、生徒さんが首をかしげた。
「だいじょうぶですか?」
「……!だいじょうぶ、です!」

やっと声が出た。もう、やるしかない。
何十回も教えてきたレクチャー会の10種類。あれなら、目をつむってでも教えられる。

あれにしよう。あれならできる!


無我夢中だった。
本当は、ゆっくりゆったり、和気藹々とした雰囲気で教えたかったんだけど。
とんでもない早口で、和気藹々とは正反対の一生懸命という感じになってしまって。

それでも100人に教えた経験は僕を裏切らなかった。
理想の形から懸け離れてはいたものの、なんとかその体験レッスンを終えることができた。



大きく息をついて顔を上げると、そこには、生徒さんの笑顔があった。
「俺、不器用だし、マジックなんかできないと思ってたけど。こんなに簡単にできるんだね。今日、トランプ買って帰るわ」
そして、僕の手をつかんで彼は力強く言った。
「ありがとう!」

その後すぐに、「サイタ」の僕のレッスンにその方のレビューが入っていた。
「秋谷先生の真剣なレクチャーに感銘を受けました。
 先生の人間味あふれる教え方に感動しました。登録させていただきます」


駅までの道で、うずくまって泣いた。
ここまで考えてやってきたものが、ひとつ、形になった。
喜んでもらえたんだ。相手の心に届いたんだ。



嘘や虚言で人と関わってきた僕が、嘘つきじゃなくなれる方法。
ありえない、嘘のようなコトを言いながら、それを本当にやってみせる。この世で唯一、喜ばれる詐欺――それがマジック。

マジックにのめり込んだのは、嘘をつくしかなかった僕が嘘を本当にしたかったから......なのかもしれない。

そうして身につけたマジックは、僕に自信をくれた。マジックでなら僕も一番になれるという自信。
でもそれは、もう負け犬に戻りたくないという気持ちと表裏一体だった。

そんな心持ちが、ハルキをはじめとした出会いで崩されて。
人の気持ちを考えるとか相手を観察するとかいったコトを覚えて。

最初のレッスンで、やるつもりだった教え方なんか全然できなかったけど。
レッスンの最中は、「失敗しちゃいけない」という自分に矢印の向いた気持ちのほうが強くなってしまっていたけど。
そんなボロボロのレッスンでも、あの方は受け取ってくれた。マジックの楽しさや可能性を受け取ってくれたんだ。

僕は、もっともっとそれを伝えたい。それが伝えられる講師でありたい。
高田先生が僕に勉強以上のものを教えてくれたように。



講師活動を続けながら、マジックの研究、教え方の研究も続けた。
それが「親身になってくれる」「わかりやすい」という評価につながり、リピートや紹介もたくさん頂いている。

その「手品講師」という肩書きも、2014年に「マジックインストラクター」と改めて、活動している。
ある場所で講演の機会を頂いた時、「もっとカタくない、カッコいい名前にしません?」と言われたのがきっかけだ。

現在は、生徒さんがマジックをきっかけに人生をどう豊かにしてゆくか、を意識した講座を組んでいる。
例えば、マジックをとおして僕の学んできた心理学やコミュニケーション。
これらに特化した講座をすると、マジック講座とは違った客層の方と触れ合うことになる。
そうしていろんな層の方の人生や考え方を知ることで、僕の人生や教え方も豊かになる。
人に何かを教えながら、お互い豊かになる。自分の評価やプライドばかり考えていた昔を思うと、感動的な変化だ。

僕の人生を変えてくれたマジック。
小手先の技術じゃなくて、人生を激変させるほどの可能性を秘めたマジックというものを、あなたにも知ってもらいたい。

もちろん、あなたにとってのきっかけはマジックじゃないかもしれないけど。
何を究める時にも技術に呑まれず、それをとおして人として成長するという視点が持てたら、ステキなんじゃないかな。



まだまだ上をめざしている最中の僕だけど。こんな僕の KeyPage から何かを受け取ってもらえたらうれしいです。

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掲載日:2018年09月14日(金)

鍵人No.0112

秋谷慧(あきや けい)

1992年生まれ、北海道出身。中学在学中にマジックに出合い、クローズアップマジックを専門に研究。大学在学中の2014年に「手品講師」として「サイタ」に登録、現在は広告代理店に勤めながらマジシャンとして、そして「マジックインストラクター」として活動している。

HP:https://www.street-academy.com/steachers/34651

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