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キッカケインタビュー

正しい知識で行動すれば――歌舞伎町NO.1ホスト、恋愛学校を始めて。

安彦大地(あびこ だいち)

フリーコネクト代表
SmartMen'sCollege代表講師

この鍵人のコンテンツ:

キッカケ記事

いま何やってるの?
恋愛の苦手な男性の恋愛観からテクニック、外見磨きまでトータルプロデュースする恋愛学校SmartMen'sCollegeを運営。
日本の男たちのプライベートの充実が女性も社会も変える確信し、日々邁進しています。

水泳ではインターハイ3位の成績を残し、歌舞伎町の学生ナンバーワンホストでもあった安彦大地さん。
苦手だった女性との付き合い方を克服し、男性向け恋愛学校を提供するに至るまでのストーリーとは?

キッカケ①:女の子のことは、すべてチャラ男に教わった。

もうすぐにんげんとして生まれる。何をするんだろう。どんなふうに生きるんだろう。
楽しみで楽しみで、ぼくのおとうさんとおかあさんになる人のことをぼくはのぞいてみました。

おとうさんのおとうさんは、くるまというものを売るかいしゃをけいえいしていたそうです。
そのおしごとを自分がつづけようと、おとうさんははたらいているかいしゃをやめようとしました。
おとうさんの表情はかがやいていました。きっと、やりたい事だったんですね。
そんなおとうさんを見守るおかあさんもニコニコしていて、ぼくはこのステキな人たちの子どもにはやくなりたいと思いました。

ぼくはおかあさんのおなかのなかに入りました。
へそのおから外をのぞくと、おとうさんは、おかあさんにはなしをしていました。
かいしゃをやめるのはやめる。この子のために、おれはていねんまでこのかいしゃではたらく。おとうさんはそう言いました。

この子というのは、ぼくのことでした。
ぼくが生まれるとわかって、おとうさんは亡くなったおとうさんのかいしゃをつづけることをやめることにしたのです。

おとうさんの顔ははればれとしていました。いろいろなおもいを飲み込んで、この道で生きると決めた、それはつよいつよいおとこの顔でした。


物心ついたころから、僕は泳いでいた。
10歳の時にジュニアオリンピックに出場、その後タイムが伸び悩んだり、中2のころにまた急に伸びて全国大会に出たり。
もともと一人っ子で協調性がなかったが、個人競技である水泳に没頭したことでそれが悪化したのだろう、
異性の存在が気になるようになった中学時代の僕に甘酸っぱい想い出はほとんどなかった。

水泳の成績もやっと伸びてきたので、このまま上に行きたいと思った。
スポーツ推薦で男子校に進学。その水泳部で僕はある男に出会った。


一言で言えば、チャラ男だ。水泳はイマイチなのに、女にはめっぽう強い。
男子校だぞ? いったいどこでそんなに女の子との接点を作るんだ?
中学時代もそんなふうだった、進学したところで状況の変わらない僕は悔しくなり、その男に何から何まで教わることにした。

流行りのソーシャルゲームで女の子と知り合う方法。
他校の文化祭にナンパに行ったり男子校である自分の高校に遊びに来る女の子を捕まえたりするという出逢い方。
そいつに教わったとおりにすると、じきに、部活を終えてケータイを開くと15,6通のメールが女の子から来ているような状態が普通になった。
部活が20時まであり翌日が朝練でも、必ず部活帰りに池袋で女の子と過ごす、そういう生活だった。
複数の女の子と接触するので、おのずと器用に立ち回れるようになった。
誰とどの話をしたかも正確に記憶する。名前の呼び間違いなど言語道断だ。

そいつがいなければ水泳三昧だっただろう僕の高校生活は、良い意味ですっかり裏切られた。
水泳にはもちろんのめり込み、高2の時にはインターハイで3位に。並行して、女の子たちとも楽しく過ごす。
水泳しかできなかった中学時代の僕とは雲泥の差だった。

だが、そんな日々が永遠には続かなかった。インハイで3位を勝ち取った僕は、再びスランプに襲われたのだった。

キッカケ②:母さんにこんなおもいは二度とさせない。

過去の栄光に囚われると、人は前に進むより守りに入ってしまう。僕はそのパターンを地で行った。
高2であの表彰台に上がった時から、精神的に、僕は前に進めなくなったのかもしれない。
とにかくタイムが伸びなくなった。どうして? 毎日こんなに練習しているのに。何をどうすればいいんだよ?

女の子と遊ぶ時間は楽しくても、努力しても結果に結びつかない部活の苦しさは軽くならなかった。
高校に入ってチャラ男のあいつに女の子のことを教わってからずっと、女の子との時間と水泳とは両立してこれたのに、ここに来て僕のなかの比重が変わった。


女の子との時間に走ったのだ。控え目に言って、グレたというやつだと思う。

それでもだらだらと続けていた部活がもうどうにも続けられなくなった。
高3のインターハイを控えたある日、僕は部活を途中で打ち切って逃げようとした。コーチはそれを見逃さなかった。
「安彦、もう来なくていい」
「わかりました」

やっとやめられる。スランプで苦しくて苦しくて逃げたくて仕方なかった水泳が、やっとやめられる。
売り言葉に買い言葉でもあったけれど、本音には違いなかった。
やっと解放された。やっと、やっと………。

2週間経った。女の子と遊んで帰宅すると、母さんが起きて僕を待っていた。なんとなく、避けてはいけない雰囲気を察した。
「大地。コーチから聴いてるけど、まだ練習に戻ってないのね?」

夜遅くまで話した。
どんなに練習を重ねてもまったく報われない悔しさ、なまじ全国3位の表彰台など経験したのちのスランプのつらさをぶちまけた。
母さんは、僕が表彰台に上った時に泣くほど喜んでくれた。僕だってそれを知らないわけじゃない。だけど……。
「お願い。インハイまでは続けて。インハイをけじめにしよう。ねえ、大地」
「母さん」
もう眠かった。打ち切りたかった。
「もうやめてくれよ。僕だってもう、やって………」

僕は、言葉を飲み込んだ。

振り切って部屋に入ろうとした時、見ないようにしていた母さんの涙目を真正面から見てしまったのだ。

「お願いだから。3年最後の夏のインターハイまでは……」


僕の朝練に合わせて4時起きで毎朝弁当を作ってくれたのは、母さんだった。
ここまでの学費を払ってくれたのは両親だった。
その両親に、僕はこれまで何をしてきただろう。

唐突に、そんなおもいが突き上げてきた。
僕は、頷くことしかできなかった。もう、母さんにこんなおもいはさせたくなかった。

「わかった。インターハイまでは」


僕は母さんの望みどおり水泳に戻った。
インターハイまで練習を続けたものの本番では記録の伸ばせなかった僕は、そうして水泳の世界から去った。

キッカケ③:歌舞伎町No.1学生ホストに。

目標もなくなった僕はエスカレーター式で大学に進学し、スロットとピザ屋のバイトと女の子との遊びや飲みをルーティンする生活を送った。


ある時、スロットをしている僕のケータイに地元の友人から電話が掛かった。
「俺さ、いま歌舞伎町でホストやってんだけど、お前チャラそうだからやんない?」

時給4千円と言われ、興味本位でその話に乗った。蓋を開けてみると日給4千円の聞き間違いだったのだけど。
日給4千円に、指名が取れるようになれば、月10万くらいにはなるだろうか。
バイトして飲んで寝るだけの生活もつまらないし、大学の帰り道だし。僕はその店で働き続けることにした。

高校まで7股など平気で掛けていた僕が、ここではまったく相手にされなかった。
なんで指名取れないんだ? この世界はどういう仕組みで動いているんだ?
気持ちがくじかれて辞めようとしたこともあったが、自分より稼いでいる先輩とモメた時に稼ぎを理由に馬鹿にされたのが悔しくて猛研究。
教育担当のような立場のイケメン社員を徹底的に観察したり、自分から彼に話を聴きに行ったりした。
高校時代にあのチャラ男に教わった事を愚直に続けたら結果が出たように、ホストの仕事でも始めて6ヶ月で一気に売り上げが伸びた。

ただ、月の売上が100万円を超えてしばらくすると、また成績が下がってくる。
大学の講義も最低限出る必要があるから勤務日数も限られる。同伴もアフターもできない。社会人と比べたら不利だ。
学生では月100万が限界なのだろうか? 悶々としていたころ、店に新しく入ってきた男が僕の価値観を壊してくれた。
そいつは、とにかくしゃべる。しゃべりで自分を女の子に印象づけるのだ。

これまで僕のロールモデルにしていたのは、いわゆる“ホスト”らしい先輩たちだった。
芸能人やゲームに出てくるキャラクターのような端正な顔立ちのホストが、女の子にクールに振る舞う……そういう人たちを真似て僕はここまで来た。
が、冷静に考えて、ジャニーズみたいな容姿の男と同じ闘い方をそこそこの容姿の男がしたところで、頭打ちだ。
その気になってその男が女の子をもてなすさまを観察すると、話の内容などたいしてないのだった。
「女は話の中身じゃない、雰囲気で喜ぶんだ」「女と会話するのに内容なんか要らない」

彼のその闘い方を僕は採用した。
イケメンと互角に張り合うため、それ以上に成績を伸ばすため、出逢って5分10分で自分を印象づける方法を研究、実践、試行錯誤。
それが功を奏した。月の売り上げが1千万を超え、僕の手もとには毎月500万円強が給料として渡されるようになった。
大学生としては初めてだと言われた。店内でではない、歌舞伎町内で。
ホストを始めて1年半が経っていた。


両親を心配させたくないおもいはあったので、ホストをしながら就活もしたら、なぜか一部上場企業の内定を取ってしまった。
途中から自分で授業料を払っていたとはいえ、まだ何も恩返しできていない両親の喜ぶ姿の見たいがために、内定したその会社への就職を決意。
卒業できなければ内定が取れても意味がないので、その年の9月に僕はホストのバイトを辞めた。
4年の後期で必要単位数をぴったり揃え、大学を卒業、僕はその不動産会社に就職した。

キッカケ④:家族のために、社会のために。

過去の栄光に囚われると、人は前に進むより………そう、あの時の再来だ。
月に500万稼いでいた僕は、社内の誰を見ても軽蔑してしまう気持ちが拭えなかった。
3ヶ月ごとに辞めると言っては部署異動を言い渡され、結果、その会社は10ヶ月で退職した。

次の事も決めていない。転職の仕方もよく知らない。……自分でやるか。

独立を決意するのと前後して、大学時代から付き合っていた彼女と退職の2ヶ月後に結婚した。


売れないホスト時代も月収500万時代も会社員時代も辞めた時のことも、僕の何もかも見てきた彼女だった。
家族も持った僕はまず水泳のインストラクターで起業しようとして、それではホスト時代の最高月収500万は超えられないと気づいてあっさり路線変更したり。
数ヶ月は紆余曲折した。妻となったその女性はとにかく僕を信じ、月収7万円のころも変わらず僕についてきてくれた。

その年の8月に形だけ起業はしたものの、売上はゼロ。
人脈を増やそうと知人のツテで街コンに参加すると、僕は興味深い光景を目にした。

ひとり参加の僕はたいていほかの男性参加者とペアを組まされるのだが、
僕がふたり組の女の子と話し始めると、そのもうひとりの男は黙り込むのだ。
ようやく口を開いたと思ったら、その一言で女の子の地雷を見事に踏み、彼女らを怒らせる。
そして、それは決してひとりふたりのレアケースではなく、100回以上参加した街コンでしばしば見掛けるものなのだった。

「こ、こんな男たちがいるのか……こんなの、いくら出逢いの場があったって恋愛なんか無理じゃないか」

ふと思った。
僕がもし高校時代にあのチャラ男に出会わなかったら、女の子との付き合い方を教わらなかったら、この人たちと同じようになっていたかもしれない。
僕は運が良かったのだ。
高校時代のあいつに女の子のことを教わり、大学時代にたまたまホストになり、
ジャニーズみたいなイケメンと対等に張り合える女の子との付き合い方を実地で学び身につけていった。

僕の学んできた事、身につけてきたものを、この人たちに教えるとしたら……?


こうして僕は、恋愛コンサルタントとしての活動を始めた。
途中で会員制の恋愛学校に切り替え、「SmartMen'sCollege」を運営。
知識などのインプットはここでしてもらい、実践の場としては合コンや飲み会、マッチングイベントを我が社で設け、生徒さんたちにアウトプットしてもらう。
外見を磨くために男性美容サロンやメンズ脱毛、ヘアサロンなど各分野のプロフェッショナルに依頼し、自分磨きもおこなえるようにトータルプロデュース。
インプットもアウトプットも自分磨きもすべて場を用意するので、ここに来る生徒さんたちにはどんどん行動してもらいたい。
そして、日本の男性たちにもっと元気になってほしいと思う。プライベートを充実させ、仕事にもますます励んで。


母さんが僕を妊娠した時、父さんは、一度継ごうとした祖父の会社の経営を断念し、会社員としての生活を選んだ。
我が子のため、家族の経済的安定のため、確実な道を選んだ。
それはもちろん、立派な覚悟だったのだと思う。愚痴を言うこともなく、転職することもなく、家族のために父さんはひとつの会社を勤め上げた。

だとしたら。
僕は、その父さんの選ばなかったもうひとつの人生も、生きてみたいと思う。
父さんのために、父さんのぶんまで……なんて、何かを押しつけるつもりはない。
ただ、起業しようと踏み切った時、父さんの選ばなかったもうひとつの人生が僕の頭をかすめた。それは事実だった。

信じてついてきてくれる妻や子どもを守る僕の手段は、父さんとは違って、会社に勤めるという形ではなかった。
けれども、いまあの時の父さんのように僕も家族を持ったことで、その家族の存在を思うと本来以上の力の湧いてくるのがよく解る。
表面的に選択した形が違うだけで、きっと父さんもそうだったのだ。

ずっと僕を支えてくれた両親に報いたとはまだ言えないけれど、僕には人生を懸けるものが見つかった。
その姿を両親には見ていてほしい。そして、妻と我が子に。
こうして家庭が充実するからこそ、より良いサービスが提供できる。それは僕に限った話ではない。
僕がより良いサービスを提供することで日本の男たちがもっともっと元気になり、
そんな男に魅せられる女性たちもますます輝けば、しあわせな人間が日本に、世界に増えることだろう。


そう信じて、大切な一日一日を過ごしている。
これが、僕のKeyPageです。

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掲載日:2017年10月13日(金)

鍵人No.0074

安彦大地(あびこ だいち)

1991年、東京都生まれ。大学時代のホスト経験を経て、卒業後不動産会社に就職、同年退職。
恋愛学校事業や男女のマッチング事業、レンタルスペース、歯のセルフホワイトニング事業などを手掛けるフリーコネクトを起業し、現在に至る。

フリーコネクト HP
http://free-connect.jp

SmartMen'sCollege HP
http://smart-college.jp

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